【2021年7月撮影記/”蓋がない貨車”】静岡鉄道「砕石運搬貨車トコ1号」を群馬県中之条町の旧太子駅に譲渡

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2021年7月撮影記と撮り鉄。静岡鉄道の「砕石運搬貨車トコ1号」(”蓋がない貨車”)が群馬県中之条町の「旧太子駅」に譲渡される事になった。静鉄から搬出される前に一般公開が行われた。1990年頃に現役引退し長沼車庫の隅でひっそりと眠っていた。静鉄では最初で最後の姿を記録(撮影)する事が出来た貴重な機会になった

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★2021年7月撮影記。静岡鉄道「砕石運搬貨車トコ1号」を群馬県中之条町の旧太子駅に譲渡😲

【日付】2021年7月11日(日)

【場所】静岡鉄道の長沼車庫(長沼駅近く)

↑2021年7月撮影記と撮り鉄。静岡鉄道「砕石運搬貨車トコ1号」を群馬県中之条町の旧太子駅に譲渡する事になった😲

静岡鉄道株式会社(本社:静岡市葵区鷹匠、取締役社長:川井敏行)は、1939 年(大正 14 年)から 1990 年
(平成 2 年)頃まで、当社において砕石運搬貨車として活躍した「トコ 1 号」を群馬県吾妻郡中之条町に無償譲渡いたしま
す。中之条町では「日本一の無蓋車※公園」の整備を進めており、このたび譲渡依頼があったことから、その実現に協力するこ
ととなりました。なお、長沼車庫からの搬出は 7 月頃を予定しております。
今回の譲渡に伴い、トコ 1 号の展示イベントと 1000 形車両の運転体験を開催します。当日は、トコ 1 号と 1000 形車
両を連結させた珍しい姿で展示します。

shizutetsunews_20210611.pdf

【車両の譲渡について】
■譲渡車両 トコ1号
貨車の一種で、静岡清水線において砕石運搬のために使用していましたが、新しい保守用車両の
導入により使用しなくなったため長沼車庫にて保存していました。
■譲渡先 群馬県吾妻郡中之条町
■展示施設 旧太子駅(旧国鉄 太子線 1970 年営業廃止、1971 年廃線)
中之条町では交流・観光・地域づくりの拠点として「中之条町六合地区産業遺産群」の整備を
進めており、その一つが旧太子駅です。同駅では駅舎やホームなどを復元し、全国各地の無蓋車
を展示しています。

shizutetsunews_20210611.pdf

↑静岡鉄道のホームページからの引用である😅砕石と言うのは線路に敷かれた石(バラスト)の事で、これを撒く前に石(バラスト)を貯めておく車両が砕石運搬貨車である😲私がわかる範囲での話だが、現在は4両ないし5両程度の新型の砕石運搬貨車(黄色い塗装が目印)が営業時間中(朝6時~夜23時)は長沼車庫の隅に止まっている。深夜の保守作業の際に本線上に出動して動く姿を見る事が出来るだろう🙄貨車のため動力源がない。動くためには保守機械扱いの機関車や1000形やA3000形と言った営業用電車にけん引される形となろう🙄

旧太子駅は、日本鋼管㈱群馬鉄山の鉄鉱石を運ぶ専用線「太子線」の始発駅として、戦時中の昭和20年に開業、昭和27年には旧国鉄に編入されました。昭和29年には地元住民の要請を受けて旅客営業を開始したものの、昭和41年に群馬鉄山が閉山、昭和46年に太子線は廃線を迎えました。 町では、群馬鉄山の始発駅でもある太子駅を観光資源として活用するため、当時のホッパー棟やホーム、駅舎の復元などを行い「旧太子駅」として平成30年4月から一般公開を始めました。

旧太子駅|中之条町|群馬県 (town.nakanojo.gunma.jp)

↑静岡鉄道から移籍する「旧太子駅」と言うのは、群馬県中之条町にある。中之条町と言うとJR東日本高崎支社で車掌を勤め、「英語車掌」で有名になった実業家の関大地氏の出身地である事がピンとくる。鉄道路線で言えば吾妻線の長野原草津口駅付近で、「旧太子駅」は長野原草津口駅(国鉄時代は長野原駅)から分岐して約6キロほど進んだ場所にある😲

「旧太子駅」では、全国各地の”蓋(フタ)がない貨車”(この事を「無蓋車」と言う)を集めて展示している😆静岡県とも実は既にゆかりがあって、大井川鐡道で活躍していた”蓋がない貨車”も既に展示しているとの事😆私も機会があれば行ってみたい😆

国鉄時代には”蓋がない貨車”はナンボでもあったが、JR時代になってから貨車はコンテナ搭載か、タンク車が主体となったので急速に数を減らした😞JR貨物の貨物列車でも”蓋がない貨車”を見かける機会は少ない😞私もあまりそれは見た事が無い😫”蓋がない貨車”そのものが貴重なのだ😆静岡鉄道から移籍を前に同社所属として最後の姿となる”蓋がない貨車”の「砕石運搬貨車トコ1号」を記録(撮影)することが出来た😆

【静岡鉄道で最後の姿🥺砕石運搬貨車トコ1号😆の撮影記】

↑新静岡から静鉄電車に乗って長沼駅へ😆新清水行きのホームは1面2線構造だが、営業用として使うのは写真右側だけで、写真左側は長沼車庫に直結する線路😲そこに緑のA3003編成が止まっている🙄

↑この日休みのA3000形😪何だか”隅に追いやられている感”がある😫都合A3000形は4編成が長沼車庫には止まっていた😅A3003編成だけは車庫内に置ける場所がなく、ホームの車庫に直結する線路に止めざるを得ない状況だったと察する🙄

↑行き先表示器、ライト類が一切点いていない😅パンタグラフも上昇していない😅完全に休みのA3003編成😪

↑長沼車庫には1011編成「ちびまる子ちゃん」が居た😆行ったり来たりしている😆これは一般客向けの「運転体験イベント」に使われる車両だった😆この「運転体験イベント」は事前申し込み制で7月10日(土)と7月11日(日)の両日20組40名限定😆参加費は10,000円であった🤑この車両が運転出来るってとても良い経験になったに違いない🥺

↑正門付近には受付がある。しかし、人が少ない😲静岡鉄道のイベントには結構多くの人が来る印象で、私のTwitterに流れてくるタイムラインを見ていても、「砕石運搬貨車トコ1号イベントに参加した🥳」と言うツイートがそれなりにあった😆「静岡県民限定・1日500人限定」と言う制約はあったが、それにしては少なすぎないか🙄逆に言えば、静鉄のイベントは静岡県外からの参戦者が多いという意味か🙄

受付ではCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の対策で、個人情報の記入、健康状態の記入、検温、身分証明書(運転免許証等)の提示が必要であった😖こういうご時世だから致し方ない😞

↑保守用車両と1000形クハ1508😲これは非常に珍しい姿🥳意外にも静岡鉄道の保守用車両は初めて見た😲1000形やA3000形は2両1編成とした姿が定番だが、今回は編成ではなく、1両単位🤩この姿も意外にも初めて見たような気がする😆

↑これが「砕石運搬貨車トコ1号」😆非常に貴重な記録(撮影)することが出来た😆

登場が1939年と80年前で、1990年頃には現役を引退して長沼車庫の隅に止まっていた。砕石運搬貨車トコ1号が動く姿を見た事はなく、静鉄電車の車内や過去様々な長沼車庫のイベントの際にも見かける事が無く、まさに最初で最後の姿を見る事になった😭

今の砕石運搬貨車と比べると小さいサイズだ。細かい事はわからないが車輪の形状が独特なものと感じた😇この辺の技術的な所は改めて勉強したい次第である😅

「砕石運搬貨車トコ1号」は7月13日(火)に長沼車庫から搬出されて約80年過ごした静岡から旅立った😭今後は前述の中之条町の「旧太子駅」で展示されるとの事で、繰り返しにはなるが今度はそちらに見に行きたい🤩

【長沼車庫の隅にクモハ1001があった😲】

↑長沼車庫の隅に引退したクモハ1001がひっそりと止まっていた😲

1000形は引退後ほとんどの車両が廃車解体となっている😭1009編成は7月9日に長沼車庫から搬出され清水港へ。7月12日に船で大分へ運ばれ、大分から熊本に陸送され熊本電鉄への移籍が完了した😲1010編成は3月に長沼車庫から搬出され阪神電鉄グループの整備工場に入った。2023年から福井県えちぜん鉄道で営業運転開始をするために必要な整備を受けている模様だ😆

クモハ1001だけが止まっているのは何とも不思議な姿🙄静岡鉄道の車両は今のA3000形を含めて「名車」だらけ😆引退車両の中には保存があってもおかしくなく、どのような形で後世に残るのか現時点(2021年7月)では不明な事も多いが、「クモハ1001は保存するのでは?🙄」と期待したくなる😆

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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