【宗谷本線名寄駅手前に見える謎の「SLキマロキ編成」を詳しく見る】北海道の駅を現地調査㉑

広告
広告
広告

2020年9月現地調査。宗谷本線名寄駅手前の車窓に「SLキマロキ」と書いた看板にSL(蒸気機関車)等の5両の車両が連結!この「SLキマロキ編成」とは一体何なのだろうか?名寄市北国博物館に保存している「SLキマロキ編成」を近くから詳しく見る!SLを前後に連結し中間に雪かき車がある!この雪かき車が独特な鉄道車両だった!

広告
広告

【日付】2020年9月24日(木)

【場所】名寄市北国博物館(SLの「キマロキ編成」を展示)

【備考】宗谷本線の名寄駅手前の車窓から見る事が出来る😳

前回までの続きは下記リンクをクリック

【北海道の玄関!新函館北斗駅/新幹線ホームと新幹線改札内部はどうなっているのか?】北海道の駅を現地調査①

【北海道の玄関!新函館北斗駅/面白い宣伝!北口と南口の差がハンパない!】北海道の駅を現地調査②

【新幹線が3時間に1本しか止まらない!北海道新幹線と道南いさりび鉄道の木古内駅】北海道の駅を現地調査③

【2020年9月乗車記と乗り鉄/電化路線なのにキハ40室蘭本線室蘭支線/M35母恋駅】北海道の駅を現地調査④

【M36室蘭駅/国鉄室蘭本線の歩道橋/室蘭港から白鳥大橋が見えず!/女性の裸の銅像】北海道の駅を現地調査⑤

【H14南千歳駅(千歳線)/乗り換え駅の役割が強い】北海道の駅を現地調査⑥

【W48名寄駅(宗谷本線)/稚内方面行きの本数が極端に少なくなる!最北の貨物駅】北海道の駅を現地調査⑦

【W72幌延駅(宗谷本線)/北緯45度の町!北半球のど真ん中にある駅】北海道の駅を現地調査⑧

【W74豊富駅(宗谷本線)プロローグ編と乗車記/幌延駅から沿岸バスに乗る!】北海道の駅を現地調査⑨

【W74豊富駅(宗谷本線)/家庭的な駅舎!謎の客車がある?!】北海道の駅を現地調査⑩

【W33南比布駅(宗谷本線)/立地が良いのに利用者が少ない不思議な駅】北海道の駅を現地調査⑪

【W34比布駅(宗谷本線)/ピップエレキバンと本当に提携!日高晤郎と樹木希林が夢の共演?!】北海道の駅を現地調査⑫

【W35北比布駅(宗谷本線)/周囲は何もない自然と線路に近い駅!駅ノートが…】北海道の駅を現地調査⑬

【東根室駅(花咲線・日本最東端の駅)立派な板切れ駅!日本最東端区間の前面展望・乗車記】北海道の駅を現地調査⑭

【根室駅(花咲線)昔は栄えていた/いろいろ面白い根室市中心部!】北海道の駅を現地調査⑮

【A69網走駅(石北本線・釧網本線)/網走刑務所・網走監獄をイメージさせる駅舎】北海道の駅を現地調査⑯

【W36塩狩駅(宗谷本線)/9月後半に紅葉が楽しめる!駅舎になぜかSTVラジオのタイムテーブルが】北海道の駅を現地調査⑰

【W39東六線駅(宗谷本線)/「駅」ではなく「乗降場」!板切れホームを持つ出自とは?】北海道の駅を現地調査⑱

【W41北剣淵駅(宗谷本線)/実は利用者がいる!蜂が飛ぶ駅舎!雰囲気が良い立派な板切れ駅】北海道の駅を現地調査⑲

【W43下士別駅(宗谷本線)/殺風景なコンクリートホーム/住宅用の玄関が駅舎にある】北海道の駅を現地調査⑳

★宗谷本線の名寄駅手前で見える謎のSL「キマロキ編成」を現地調査😆

↑宗谷本線の下士別駅の現地調査を終える😆駅前の国道40号に出て名寄方面へ😅多寄、瑞穂、風連、東風連と駅が続くが、これの駅の現地調査は行わない😫結果的に今回の現地調査でこんなにも駅を飛ばしたのはこの区間だけだった😅

ちょうど昼時だったので国道沿いのセブンイレブンで弁当を買う😆東根室駅の現地調査の回でも述べたが、セブンイレブンの最東端の店は根室市、最北端の店は美深町にある😲名寄以北でも店舗展開しているのだ😲ここで弁当を買って別の場所で食べる。着いたのは名寄市北国博物館であった😆

【名寄市北国博物館にあるSLキマロキ編成😆】

↑ところで宗谷本線の名寄駅(W48、東風連~名寄間)手前には「SLキマロキ」と書かれたSL(蒸気機関車)が何両も連結した車両を見る事が出来る😲一体これは?🤔駅訪問ではないが、宗谷本線の名物車窓である「SLキマロキ編成」を現地調査😆

そもそも「SLキマロキ編成」がどこにあるのか?🤔調べてみたら、「名寄市北国博物館」であった😲そこにカーナビを設定してクルマを走らせる😆

↑クルマを止めると広い芝生広場にSLキマロキ編成があった😆

↑近づいてみる😆デカイ車両がキレイにカーブを描いて4両もある😆

↑まるで駅に止まっているように見えるSLキマロキ編成😆

↑ヘッドマークが付いていた😲

準鉄道記念物

排雪列車

「キマロキ」編成

北海道旅客鉄道株式会社

↑とあった😆ここで疑問に思ったのが「準鉄道記念物」の意味?🤔

「準鉄道記念物の制定について」(2012年10月、JR北海道ホームページ)

これは歴史ある鉄道の財産を構成に残すため、1958年(昭和33年)に国鉄が制定した制度である。鉄道記念物にはランク付けがあり・・・

「鉄道記念物」は①鉄道の地上施設や建築物・車両・古文書等で歴史的文化的な価値が高い、②職員の制服、保守整備等で使う道具、看板等で、制度の推移を理解するのに欠かせないもの、③施設の発祥地、関係伝承地、鉄道発達に貢献した故人の石碑等の歴史的価値が高い・・・が指定される。

「準鉄道記念物」は①鉄道記念物と同種のもの若しくは歴史的文化的な価値が高いもの、②今は歴史的な価値が認められないが、将来その価値が認められる可能性があるもの・・・が指定される。

北海道各地にある「鉄道記念物」の詳細は上記リンクページに譲る。すなわち、将来に残すべき鉄道の物を確実に残そうという意図があるのだ😆

↑近くには看板があって、SLキマロキ編成の説明がされている😆

↑車両の製造・改造プレートも貼ってある😲「日本国有鉄道 幡生工場 昭和48年改造」とある😲今のJR西日本下関総合車両所の事であるが、北海道の車両がそんなに遠い場所で改造を受けたのか😲

【「SLキマロキ編成」とは具体的にどういう物か?🤔】

「SL排雪列車キマロキ編成」(名寄市役所ホームページ)

↑調べみると、名寄市役所のホームページに詳しく書いてあった😆ここの内容を参考に現地調査した時の写真を添付しながら説明する。

北海道の開拓が始まり、明治33年には名寄にも開拓の鍬が入れられ、明治36年9月3日に現在の宗谷本線が名寄まで開通しました。そして、機関区をはじめ保線区や車掌区、電務区などの関係機関が次つぎと開設されました。名寄市は鉄道の発達とともに歩んできたまちで、宗谷本線と、今は廃線となった名寄本線・深名線の分岐点として、道北の交通、文化、産業の中心都市として発展を続けてきました。

時代の移り変わりとともに、昭和50年の12月で全国からSLの姿が消えましたが、名寄に配置されていて、道北の厳しい寒さと風雪を克服して活躍してきたSLを、国鉄当局(現在のJR)から、当時の排雪列車編成のまま貸与を受けることができました。

昭和51年10月末に、その雄姿を再現して名寄公園の高台に展示保存をし、市民をはじめ広く皆様に親しまれてきました。その後、平成元年4月に名寄本線が廃線となり、その跡地を含めた地区に博物館の建設計画が進められました。これに合わせて平成5年6月に、博物館前の旧名寄本線の線路上に移設展示をし、すぐ近くの宗谷本線を走る列車の中からでも、見ることができるようになりました。

新型の特急列車が走る時代ですが、全国で名寄だけにしかないこのSL排雪列車「キマロキ」を、市民の大切な財産の誇りとして、また、名寄市のシンボルの一つとして、末永く保存するものです。

「全国に名寄だけにしかないSLキマロキ」北海道名寄市| SL排雪列車「キマロキ」編成 (nayoro.lg.jp)

恐らく看板に書いてある内容と同じと思うが、上記リンクページから引用した。名寄は道北における鉄道の要衝であった。担当路線は宗谷本線に加えて名寄本線(名寄~興部~遠軽)、深名線(名寄~朱鞠内~深川)であった。昭和30年代から国鉄は近代化を行った。具体的には複線化、電化の推進、蒸気運転の撤廃(つまり気動車・電車化)であったが、北海道は全国的に見て遅れていた😫国鉄線からSLが消えたのは室蘭本線で昭和50年(1975年)だったが、北海道の鉄道を述べる上ではSLの存在は欠かせない😲特に名寄本線の峠越えにおいてSLを何両も連結し後ろから客車や貨車をけん引する姿は圧巻だった😆

今も昔も冬季における雪を取り除く作業、すなわち「排雪」は冬季でも安定的に列車を動かすため非常に重要な存在😆しかし雪は重たい塊😫しかも峠越えの路線だと、車両そのものに相当なパワーがないと排雪どころか前にも進めない😫そこでSLを主体に複数の動力源を持った車両を連結して1つの編成を組むことで、パワーを増強したのだ😆

「キマロキ」編成とは、機関車の(キ)、マックレー車の(マ)、ロータリー車の(ロ)、機関車の(キ)の順に連結された、排雪用編成列車のかしら文字をとって、名づけられたものです。

雪の多い北海道や東北・北陸地方では、普通はラッセル式という逆V字型の羽根で、雪を両側にはねて線路の除雪をしますが、だんだんレールの両側に高い雪の壁ができて、ラッセル式では除雪が困難となり、列車の運行に支障をきたすようになります。そのような状態になったとき「キマロキ」編成の排雪用列車を出動させました。

これには、機関区員や保線区員など数十名が分乗し、一致協力のもとに作業に当たりました。先頭の機関車が両側の雪の壁をくずしてかき集めるマックレー車を引き、その集めた雪を、ロータリー車が回転する羽根で遠くへ吹き飛ばし、そのロータリー車を、機関車が後押しをするという一連の作業できれいに除排雪をしたのです。

「キマロキ」は1回出動すると1週間から10日くらい運転をしましたが、少しでも早く、不通となっている列車の運行をはかるため、厚く固い雪の壁との戦いは大変なものでした。

その当時は、冬の道路の除雪が行われていなかったり、道路の状態も悪く自動車も少なかったので、生活の足は鉄道に頼っている時代ですから、この偉大な機械力に、鉄道関係者にはもちろん、沿線住民の信頼を受け、賞賛されていたものです。

「キマロキ編成のあらまし」北海道名寄市| SL排雪列車「キマロキ」編成 (nayoro.lg.jp)

「キマロキ」とは不思議な暗号だ😳そもそもどういう意味なのか?🤔と思って調べてみると、それぞれの車両の頭文字を取っていた😲すなわち🙄

キ→機関車

マ→マックレー車

ロ→ロータリ車

キ→機関車

を前から組み合わせた車両の総称である😲

「マックレー車」とは雪かき車の事だ⛄豪雪時にラッセル車での除雪を繰り返すと、かき分けられた雪が左右にたまり、次第に高い雪の壁が出来てくる。雪の壁が高くなりすぎると除雪が出来なくなる😫そこで雪の壁を崩す。そこで出てくるのが「ロータリー車」で、これで遠くに雪を飛ばす⛄マックレー車は除雪するための装置であるため、機関車の後方に連絡し、ロータリー車にある翼を使って雪の壁を崩し、線路中央に向けて落としながら走る特徴を持つ。

【先頭の機関車SL59601】

↑先頭に連結の「59601」というSLは、いわゆる96(キューロク)と言われる車両だ。D51が普及する1941年(昭和16年)まで784両作られた主力車両😲1921年(大正10年)から1972年(昭和47年)にかけて活躍し、現役時代ほぼすべて期間で名寄機関区を拠点にしていた😲

↑運転台に入る事が出来た😲今の車両よりもかなり広く作られている😲さまざまな機器類が配置されているが、どのような役割を持つのかよくわからない😫

↑石炭を貯める場所😳やはり車両が大きい😆

【マックレー車・キ911】

↑マックレー車の「キ911」。名寄市役所のホームページでは「かき寄せ式雪かき車」と説明している。細かい事をここから引用すると🙄

除雪車は、創業以来ラッセル式の単純な構造のものが多かったが、大正12年に回転式(ロータリー)の雪かき車、大正15年には幅広式(ジョルダン)の雪かき車がいずれもアメリカから輸入された。

かき寄せ式(マックレー)の雪かき車は、国産として初めて苗穂工場で製作に成功したもので、回転式の雪かき車と組み合わせて、画期的な除雪方式として世界的にも有名になった。

「マックレー車 キ911号機」北海道名寄市| SL排雪列車「キマロキ」編成 (nayoro.lg.jp)

↑とある。国産初のマックレー車だ😆全長は8メートルであるが雪かき用の翼を延ばすと11メートルにもなるという😲車両の後ろ側に虫が羽(翼)を広げたかのような形をしているのが特徴😲運転線区は道内各地で主に旭川鉄道管理局管内であった。

【ロータリー車・キ604】

↑「キ604」独特な車両だ😆どのような構造をしているか現場ではよくわからなかった😵この車両はロータリー車で、「回転式雪かき車」と名寄市役所のホームページでは説明する。その詳細についてはやはり引用する😅

回転式雪かき車として、国鉄苗穂工場で製作に成功したもので、かき寄せ式雪かき車と組み合わせて、画期的な除雪方式として世界的にも有名になったものである。豪雪地帯であるこの地方での活躍は勇壮そのものであり、今なお、その雄姿がしのばれる。

前部の羽根を回転させて雪を飛ばす動力は、搭載してある機関車用ボイラーの蒸気であるが、自走できないので、機関車に後押しをしてもらうことになる。「キマロキ」編成は、札幌鉄道局苗穂工場の工作課長であった羽島金三郎氏が大正15年に欧米の除雪車を視察研究し、昭和3年にマックレー車の製作に成功し、ロータリー車と組み合わせた、画期的な除雪方式として開発したものである。

「ロータリー車 キ604号機」北海道名寄市| SL排雪列車「キマロキ」編成 (nayoro.lg.jp)

↑車両の後ろ半部はSLのような作り?🙄

↑石炭の貯蔵庫ではなくボイラーだった😲この作りが不思議であった🙄

名寄市役所のホームページ(上記引用)によれば、前にある羽(翼)を回転させる事により雪かきを行うのであるが、その動力としてボイラーを搭載しているという😲しかし、このボイラーは羽(翼)を回転させるためだけにしか使えないので、運転用の動力としては活用できない😫そのため実際の運転では前後に機関車を連結しないと走る事が出来ない😫

【後ろの機関車SLのD51-398】

↑ロータリー車の後ろに連結しているのが、機関車のD51-398号機、いわゆる「デコイチ」だ😆つまり、マックレー車+ロータリー車は雪かきを行う車両で単独で走る事は出来ない😫前から引っ張てもらうのがSL59601で、後ろから押してもらうのがSLのD51-398の役目なのだ😆プッシュプルでの運転となるため、重い雪+キツイ峠越えを力強い動力源で運転する事が出来たのだ😆

【最後尾に車掌車のヨ4456】

↑D51の後ろにも車両があった🙄これは車掌車で「ヨ4456」と称する。この役目について名寄市役所のホームページでは🙄

貨物列車などの列車運行管理上、車掌専用の車輌として製造され、通常の列車のほか、事故・災害などのときの作業員や行員などの輸送に対応した。車掌車は性質上、一般的に「緩急車」と呼ばれ、後年に、排雪用列車にも車掌車が連結され、監督員や作業補助員が添乗して運行されていた。

昭和51年に国鉄から「キマロキ」の貸与を受け展示したとき、車掌車はなかったのでこれを連結展示をし、完全な形にしたいと探していた。釧路にあった車掌車を購入して連結展示したもので「キマロキ」保存会の管理棟としても使用している。

「車掌車ヨ4456号車」北海道名寄市| SL排雪列車「キマロキ」編成 (nayoro.lg.jp)

↑国鉄時代、車掌車の連結は一般的で貨物列車を始め、機関車けん引の旅客営業しない業務用列車にも連結する事が多かったと聞いた事がある。JRになってからは完全に消えてしまった分類の車両で、私も全く馴染みがない🙄北海道と言えば車掌車を改造した駅舎が多く、これで存在が多少わかる程度である😅

【深名線の天塩弥生駅の駅名標😆】

↑ところで、「キマロキ編成」が止まっている通路にはJR北海道標準の駅名標があった🙄「天塩弥生 てしおやよい」とある🙄この場所は元々名寄本線の線路上だった😲天塩弥生駅は深名線の駅で1995年(平成7年)9月4日に同線の廃止と共に消えた😞2015年になって天塩弥生駅の跡地に昭和40年代の駅舎をイメージした民宿が開業したという😆

宗谷本線名寄駅手前の「SLキマロキ編成」は車窓から見るだけであったが、実際に近い場所を現地調査すると、北海道の鉄道の歴史がよくわかる非常に良い勉強が出来る場所だ😆

22回目に続く(下記リンクをクリック、6月6日公開)

【F41(臨)ラベンダー畑駅(富良野線)/臨時に作った事がよくわかる駅!ファーム富田にも行く】北海道の駅を現地調査㉒

広告
広告
広告

KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。