【遂に廃止決定!過去の乗車記と乗り鉄から振り返る伝説の列車】「ムーンライトながら」の思い出

広告
広告
広告

JR東海とJR東日本は東海道線の東京~大垣間の夜行快速列車「ムーンライトながら」を運行終了(廃止)すると明らかにした。私にとって「ムーンライトながら」は乗車記と乗り鉄の原点だ。今回は「ムーンライトながら」に乗った過去の乗車記と乗り鉄の中からタップリと思い出を振り返る!「ムーンライトながら」は伝説の列車となった

広告
広告

★遂に廃止決定!😭過去の乗車記と乗り鉄から振り返る「ムーンライトながら」の思い出😆

JR東海とJR東日本は2021年1月、東海道線の東京~大垣間の夜行列車「ムーンライトながら」を運行終了(廃止)すると決めた😭

「2021年春の臨時列車運転計画について」(JR東海ホームページ)

↑ここに小さく「ムーンライトながらは運行終了(廃止)する」と書いてある😞

【「ムーンライトながら」を運行終了(廃止)する理由😞】

「ムーンライトながら」の運行終了(廃止)の理由は下記の2点が大きいだろう。

  1. 鉄道を使った夜行移動そのものが昔に比べて大きく減少😞「役目を終えた」と判断した😞
  2. 使用する車両が古くなり、次に使う妥当な新しい車両が見つからなかったため😩

上記の1については「鉄道を使った移動様式が大きく変化したため」とJR2社は述べているが、これは紛れもなく事実である😞静岡に住んでいると最終の東京発の新幹線に乗り遅れ仕方なく「ムーンライトながら」(またはその以前からあった「大垣夜行」)に乗って、到着が深夜2時前になるものの一応形的には日帰りが出来た・・・と言う思い出話は今まで数え切れないほど知り合いから聞いた事がある😅

しかし、それは昔の話で最終の新幹線に乗り遅れたら、JR東海バスの「ドリーム静岡・浜松号」と言う夜行高速バスを使うか、都内のホテルやネットカフェ等で一晩過ごし、翌朝静岡に戻る・・・と言う「新しい生活様式」が一般化したように感じる😞

もちろん夜行移動そのものはあるものの、2020年代(正確に言えば2010年過ぎから)以前と比べて少なくなっていると実感はあった。その背景にあるのはよく言われる事であるが、新幹線の運行区間拡大、夜行高速バスやLCC(格安航空会社)の台頭、ホテルに安く簡単に宿泊可能になった等がある。どうしても夜行移動が必要ならば、夜行高速バスに事実上集約されたと言って良い🤩

2010年よりも前の時代は、遠くても長時間列車に揺られて一昼夜移動したものだ😅「ムーンライトながら」のような夜行普通列車に乗る事自体が目的で、乗車記と乗り鉄を行うネタでもあった。これは「序章」のようなもので、起床してからの目的地への移動、目的地でやる事(旅行や出張や帰省等)が「本編」だった。つまり必ず昔は「序章」と言うものがあったのだが、2010年過ぎからは「速く簡単に安く移動する事」を目的とする人が増えたような気がする😞大学の鉄道研究会でもこの有様だ😱「序章」は省略して「本編」だけにするといった「選択と集中」が世の中全体的に移行した感じがこの結果なんだろうと思う。

上記の2については、新型車両の373系と言われる特急型車両を使っていた😆JR東海静岡車両区所属で、373系意外に用意出来る車両がなかった😅一方でJR東日本はもっぱら国鉄型の車両で、時期により異なるものの183・185・189系が主体だった。いずれも引退が近い年季の入った車両ばかりで、373系と比べれば決して快適な乗り物ではなかった😩

185系と言えば特急踊り子で使用する車両だが、2021年3月ダイヤ改正で全列車が撤退する事になっている。そうなれば「ムーンライトながら」の車両は?🤔と言う疑問が話題になっていた。「ムーンライトながら」の運転継続ならば何らかの新しい車両が登場し、仮にJR東日本所属車両ならば名古屋・大垣まで試運転に出かけるはずだ🤔実際にはそのような事もなかったので、「ムーンライトながらは廃止濃厚?😨」とも思えた

結果的には2021年度以降「青春18きっぷ」期間に「ムーンライトながら」と言う列車自体を設定しない事がJR2社からアナウンスされた格好だ😞

https://twitter.com/TheKH8000Show/status/1353818583038451714?s=20

「ムーンライトながら」は「青春18きっぷ」シーズンを中心に好評で、シーズン中は「救済列車」が運転された。長らく自由席の一般車両が使われていたが、着実な着席を保証するため、2003年夏からは「ムーンライトながら」の臨時増発列車として、JR東日本の183系・189系特急型電車を使用した指定席列車として運行されるようになった。

一方、このころから、低運賃の長距離夜行バスが台頭するようになった。規制緩和により「高速ツアーバス」が盛んに運行されるようになると、安さで多くの人をひきつけるようになり、「ムーンライトながら」の利用にも陰りが見え始めた。2009年春には定期運行が廃止。その後は臨時列車として「青春18きっぷ」の時期しか運行されなくなり、鉄道ファンや夏冬に東京で開催される「コミックマーケット」参加者などの利用が中心となっていった。

長距離バスはその後も伸び続け、JR系列のバス会社も東京―名古屋や東京―大阪間の直通高速バスに力を入れるようになり、「安さ」を求める層はそちらを利用する傾向が強まった。「青春18きっぷ」利用でなければ運賃はバスと比べて決して安くなく、座席指定券は「みどりの窓口」に行かないと買えない(指定席券売機やネット予約は不可)となると、若い利用者は離れていく。

加えて、「青春18きっぷ」をめぐる状況が変わってきた。若者向けだったこの切符を「大人」が使うようになったのだ。

近年、「青春18きっぷ」のシーズンになると旅行雑誌やムックで「大人の青春18きっぷ」などと題されたものを見る機会も多いのではないか。筆者の知る高齢者でも、この切符をよく利用する人がいる。

「青春18きっぷ」で、元は取るものの限界までその「能力」を引き出さない、という人がこのあたりの利用者の特徴だ。当初ターゲットとしていた層から幅広い層に利用が拡大していく中で、6時間以上のハードな乗車を必要とする「ムーンライトながら」は、高齢の利用者には避けられた。また、若き日から「青春18きっぷ」を愛用していた層も、年齢層がじわじわと高くなり、翌日に疲れの残る「ムーンライトながら」は敬遠されるようになった。かつては夜行列車に乗る前の定番だった銭湯も減っている。

 こうして、安さを求める若い層はバスへ流れ、若かりし日に愛用した人々や高齢の「青春18きっぷ」利用者は夜行を避けるようになり、「ムーンライトながら」は運行日を減らしていった

寂しい最期「ムーンライトながら」役割終え廃止 郷愁を誘う夜行列車、でも乗るかといえば…(東洋経済オンライン) – Yahoo!ニュース

↑この記事にもある通り、乗り鉄的な見方をすれば「青春18きっぷ」の使い方そのものが変わったと言って良い。以前は「耐久レース」と称した1日にいかに長く乗る事を至上命題とされた。1日に700キロ、800キロ乗るのは当たり前で、「ムーンライトながら」があったおかげで爆発的に距離を稼ぐことが出来た😲「ムーンライトながら」の最盛期には、理論上は鹿児島本線の八代まで1日で行けた😲東京駅からだと軽く1,000キロは越える😲現行ダイヤでは東京駅発だと朝一番の列車から東海道・山陽線を最短乗り継ぎしても、九州にさえ到達できない😫品川発の朝一番でギリギリ九州には到達出来るが、それでも小倉に24時05分着が最速である😅「ムーンライトながら」がないため、博多へも1日では行けないのだ😫

「青春18きっぷ」の最近の利用を見ていると、定番の東京~大阪間と言った東海道線の乗り継ぎをする人さえも減ったような気がする🙄1日に乗ったとしても300キロ前後が多いような気がする。「ムーンライトながら」が廃止されることで「青春18きっぷ」そのものにも何らかの変化(廃止、改悪、値上げ等)が十分あり得るのではないか🙄

そこまで安くして遠くに行こうと言う人が減ったのも事実で、今や直接行かなくてもネットで済ますことだって出来る。「オンライン〇〇」と称するもので、直接移動するよりもコスト、時間、体力、手間的なものにおいて全てで有利。観光も時期に「オンライン旅行」が増えるのではないか。「ムーンライトながら」のような夜行普通列車なんて過去のものになってしまうんだろうと思う😞

【「ムーンライトながら」の思い出😇日本一乗るのが難しい列車だった😱】

↑ここからは「ムーンライトながらの思い出」として、その時の乗車記と乗り鉄を簡単に振り返る😇

この写真は2007年に静岡駅で撮影したもので、時刻は深夜の2時過ぎだった。本来下り列車は3・4番線からの発車であるが、なぜか大垣行き「ムーンライトながら」は上りホーム2番線からの発車であった😲これも今思えば「貴重な記録」である🤩

2009年3月13日まで「ムーンライトながら」は毎日運転の定期列車だった。1996年からはJR東海の373系特急型車両(9両、3両×3編成連結)を使用し、「青春18きっぷ」シーズンに多客期臨時列車としてJR東日本の189系(10両)も応援に駆けつけてもいた😆

定期列車の「ムーンライトながら」は今考えれば面白い列車だった🤣たかが10年、15年前の話だが、2020年代の今とても考えられない事がタップリあった🤣

「ムーンライトながら」の全盛期は毎晩のように定期列車+臨時列車が走っていた時期(2009年以前)で、私の中では日本一乗るのが難しい列車だった😫

下り大垣行きの場合、東京発の段階では全車両指定席😨普通は終点の大垣までそのまま全車両指定席なのだが、「ムーンライトながら」で指定席が設定されていた区間は東京~名古屋間の1~3号車、東京~小田原間の4~9号車であった。つまり残りの区間(1~3号車は名古屋~大垣間、4~6号車は小田原~大垣間、7~9号車は小田原~名古屋間)は自由席だった😲これは2007年3月18日ダイヤ改正まで。その後2009年3月14日ダイヤ改正までは指定席区間が延長されて東京~豊橋間の全車両となった😨 

自由席区間が設定されているため、特に小田原以西の区間はど深夜にも関わらず乗り切れないほどのお客が乗るほど大混雑😱とても寝る事は出来ず、お客がまとまって下車する名古屋まで立ちっぱなしという事も珍しくなかった😱

そのため「ムーンライトながらの指定席を買う事」が至上命題になった😨「ムーンライトながら」に乗れなかったら、乗車記と乗り鉄の計画さえ決まらない有様だったのだ😱

とは言っても、1カ月前の朝10時の時点でムーンライトながらの指定席券は早々に売り切れ(瞬殺)となってしまう😩来る日も来る日も駅に通っては「〇月〇日のムーンライトながらの指定席空いていませんか?」と窓口で聞いては「空いていません」の回答に落胆する日々😩

奇跡的にも「ムーンライトながら」の指定席券がゲット😆出来ても問題があった😩それは名目上は「指定席」でも指定席券を事前に買わずに飛び込み乗車するお客が少なくなかったのだ😫もちろん指定席券を持ったお客が現れれば、飛び込み乗車したお客には”どいてもらう”必要があるが、私のように沼津、静岡、浜松と言った深夜1~3時台に途中駅からの乗車する者としては、そこに先客が居ればもう最悪😫😫ほとんどが寝ているので起こす事から始まる😫私の場合は起きてくれる事がほとんどだったが、中には起きない人もあれば、起こされた事に対して怒る😤ような人もいた😖

私が座る事が出来る座席に居た老婆「車内できっぷ(510円分の指定席券に相当するきっぷ)買ったのに😒」

私が思った事「それはこちらのセリフだ😫」

↑こんな事が散々あったのも「ムーンライトながら」だった。それを嫌ってか?🤔(自分でも理由はよくわからない)段々と「ムーンライトながら」そのものに乗らなくなった😫気づいたら最後に乗ったのは2011年8月で当時は189系。2013年に185系に変わった。それ以降は一度も乗る事がなかった😱せめて1回くらいは185系「ムーンライトながら」に乗っておけば良かったとも思っており、痛恨の極みである😞

【「ムーンライトながら」の思い出😇全車両自由席になる豊橋駅から乗った事がある🤩】

↑2007年~2009年にかけては豊橋→名古屋・大垣間は全車両自由席になっていた🤩列車名を変える事はなくて「ムーンライトながら」として引き続き運転されていた😇

「ムーンライトながら」は定期列車に限り、豊橋→大垣間の朝一番列車も兼ねており、三河塩津駅と尾頭橋駅を除き各駅停車していた😲逆に三河塩津駅と尾頭橋駅が通過になってしまう理由は、ホームの長さが短いためで、両駅とも8両までしか対応出来ない😫「だったらドアカットで対応すればいいじゃん?🤔」と思うかもしれないが、今も昔も373系にはドアカット装置が搭載されていない😫

各駅停車とは言いながらもかなり速い列車🤩時期によっても異なるが、豊橋を4時53分~4時56分頃に発車し、名古屋には6時05分前後には着いていた😲これは昼間の各駅停車では後から来る新快速に抜かれる等あって到底無理なタイムだ😫

豊橋駅からの「ムーンライトながら」は自由席になる。日本一難しかった😫指定席券の購入が必要ではない😆当日に乗車券さえあれば誰でも自由に乗れるのだ😆ではどうやって豊橋駅に行くのか?🤔と言うとクルマであった😅日帰り乗り歩きが当時は多かったので、ハンパなく体力も必要だった😵今は間違えなくこのような「強行予定」的な乗り歩きは出来ない😫

「ムーンライトながら」は大混雑で座れない事も多い列車だが、大抵は「青春18きっぷ」シーズンではない日に乗ったので、ほぼ確実に豊橋駅からの乗車でも座れた😇

↑豊橋駅から乗った時の「ムーンライトながら」車内(2008年撮影)

座席はそれなりに埋まっているが、空席もそれなりにある事が多かった😆大きな荷物が棚の上にある事もあったが、今のようにスーツケースで埋め尽くされるようなことはなかった😅これが「青春18きっぷ」シーズンだとそうではなかったような気がする😅

【「ムーンライトながら」の思い出😇定期列車は名古屋で切り離ししていた😲】

↑「ムーンライトながら」の思い出😇と言えば、373系の特性を活用した車両運用があった😆下りの「ムーンライトながら」のサボ(行き先表示)を見ると?🤔

↑「ムーンライトながら 大垣」

↑「ムーンライトながら 名古屋」

の2種類のサボがあった😲これはJR東日本・西日本管内にお住まいならば馴染みがあると思うが、途中駅で車両を切り離す場合、サボの表示は切り離す駅となっている。そのため駅では「大垣行き」と案内しているのに、一部車両は大垣以外の駅が表示される事がある。

しかし、JR東海の場合「大垣行き」と案内している以上、途中駅で切り離す車両であっても行き先幕は全車両「ムーンライトながら 大垣」とする😆近鉄のように「ムーンライトながら 大垣(この車両名古屋まで)」と細かい表示もやっていない😅

ところが運行開始前のサボの設定はJR東日本が行う。当然自社のやり方に従った内容なので、名古屋で切り離す車両については「ムーンライトながら 名古屋」と表示していたのだ。熱海以西のJR東海管内に入った途端、「ムーンライトながら 名古屋」→「ムーンライトながら 大垣」にサボを買えるような作業もやらず、名古屋で切り離しとなる車両は「ムーンライトながら 名古屋」のままだった😆”JR東海の流儀”に慣れていると困惑する所もあった😕車両の一部表示が切り離しを行う駅までとするJR東海管内の列車は、同社の規約が改訂されない限り「ムーンライトながら」が最後だと思う😞

「ムーンライトながら」は名古屋駅で7~9号車を切り離していた😲車両運用上はこの後、豊橋行きのホームライナーになって、豊橋からは飯田線の特急伊那路になるヘビーワークであった😵ある冬の朝に乗ったら、6~7号車の連結器が凍結🥶切り離しが出来ないトラブルに遭遇した事もあった。今思えば懐かしい話だ😅

【「ムーンライトながら」の思い出😇上り東京行きは「ムーンライトながら92号」を好んでいた😆】

特に写真はないのだが、上り東京行きの「ムーンライトながら」に乗るときはもっぱら「ムーンライトながら92号」を好んでいた😆乗車区間は静岡→東京(1回だけ浜松→東京もあった)で189系10両。189系は各地で不要になった車両をかき集めて10両として編成を組んでいるため、「当たり車両😆」と「ハズレ車両😫」が存在した。「ハズレ車両😫」になれば、足を満足に伸ばす事は出来ないし、肩幅も狭い座席なので”窮屈そのもの”であった😫

具体的な車番は覚えていないが7号車の座席がとにかく広くて快適😆私にとって「臨時ムーンライトながら7号車は超当たり車両😆」であった。列車で普段全く寝る事が出来ない私も、なぜかこの車両だけは1~2時間程度の短い時間ながらもちゃんと寝る事が出来た😪流石に「指名買い」をした事はなかったが、窓口で「車両や座席はどこでも良い」と伝えると7号車の指定席が発券される確率が非常に高かった😇 

静岡→東京間の「ムーンライトながら」は定期列車も臨時列車も運行時間に大した差はなかった😆いずれも「だいたい同じくらいの時刻に発車し、沼津で15分ほど止まって、東京にだいたい同じくらいの時刻に到着する」列車であった😆

一方で静岡→大垣間の下り「ムーンライトながら」となれば話が別で、臨時列車の方が1時間も速く大垣に到着し、即座にJR西日本の223系(または221系)普通列車と接続していた😆臨時列車は豊橋以西も停車駅が少なく、朝4時18分頃から4時50分頃にかけて大高駅で運転停車する際にちょっとでも目が覚めてしまうと🤭もう寝る事が出来なかった。

私も眠い😪のであるが、それは車内全体の雰囲気も同様😪挙句の果てには放送からも眠気が感じる有様で決して大きな音量ではなく、車掌がマイクに向かってボソボソと何か言っている程度。聞き取りづらい事も多かった。当時は「JR東海はムーンライトながらを廃止したくてたまらんのか😤放送からやる気がない事がわかるわ😤所詮収益が低い列車だからな😒」と眠いながらも思ったものだ😅

これが上りだと全く異なり、横浜で多少動くもののこの先はみんなが元気になる😆都内に入ればお客も車内放送もハツラツとなって、「本日は大垣からの夜行快速ムーンライトながらをご利用いただきましてありがとうございました!!😆」とJR東日本の大きな音量とテンションが高いの放送を何度も聞いた事がある。

「ムーンライトながら92号」は東京着が5時05分(5時10分と言う時もあった)で、定期の「ムーンライトながら」が5時20分に到着し、折り返し5時46分発の静岡行きとして373系が静岡に戻るというダイヤパターンは今でもしっかりと覚えている。しかし、”居残り”をして189系が田町車両センター(当時)に回送されるシーンを見る事もなければ、373系が静岡行きとして発車するまで東京駅の東海道線ホームに留まって、撮影等する事は一度もなかった😫今だったら(2021年)確実に静岡行きとして発車するまで”居残り”しているはずで、大量の「記録」(写真)を残せたはず😇それがないので、”居残り”をしなかった事については痛恨の極みと言わざるを得ない😩

【一度だけ乗った「ムーンライトえちご」😆「ムーンライトながら」にはないいろんな事を教えてくれた🥺】

「ムーンライト〇〇」と称する列車は全国的に見ても多数あった😇東海道線の「ムーンライトながら」と同じ性格の列車で、夜行運転で特急型車両を使う事が晩年は当たり前だった😆

「ムーンライト〇〇」と称する列車は「ムーンライトながら」が標準と思っていたので、「ながら」に乗る感覚で乗りに行ったが、実態はまるで違っていた😩「ムーンライトながら」には自由席があるものの、その他の「ムーンライト〇〇」は全区間全車指定席。これだけで格式が違う😵中にはグリーン車指定席を連結した「ムーンライト〇〇」(九州や四国だと思った)もあったようだが、当然「青春18きっぷ」では乗る事が出来ない😫最初から乗車記と乗り鉄をする選択肢すらなかった😫結果的には近くを走っているはずの「ムーンライト信州」には一度も乗る事がなく、列車そのものが消えてしまった😨「ムーンライト〇〇」で乗った事があるのは「ながら」ともう1つ「えちご」しかない😅

「ムーンライトながら」とよく比較されるのが「ムーンライトえちご」😆ダイヤを見ていると特急並みで、高崎で長めの停車時間がある以外は新潟県内の停車駅はすぐに発車してしまうダイヤ😲新潟には朝5時前に到着し、即座に羽越本線村上行き快速に接続😇乗り継ぎを繰り返せば、この日のうちに「青春18きっぷ」だけで北海道(と言っても函館周辺までだが😅)に到達する事も出来た😆今や東京からだと普通列車をどんなに最短乗り継ぎを繰り返しても、1日で北海道に到達する事が出来なくなった😨

「ムーンライトえちご」に乗ったのは2009年3月であった。元々から臨時列車で、「ムーンライトながら」のように毎晩動いている定期列車ではない😫しかもダイヤ改正時期だったため、そもそも「ムーンライトえちご」が運転されるのか?ピリピリしていた事を覚えている😖

「ムーンライトえちご」は新宿~新潟間の運転で、東京側の起点が上野でない事に疑問に感じた。車両運用的には豊田車両センター(中央線)から回送で新宿に持ってきて、そこから営業開始だった。なぜ新宿発だったのか?🤔今でも疑問で仕方ない🙄

「ムーンライトえちご」の新宿発車時刻は23時10分だったと記憶している。「青春18きっぷ」は2回分使ったはずで、高崎駅以北の利用は翌日扱いとなる😅「ムーンライトえちご」では高崎駅が日付境界駅で、「ムーンライトながら」だと小田原駅(時期によっては他の駅になる事もあったと記憶している)のため、「青春18きっぷ」の検札印を車内で車掌からもらう事になる😅ほとんどがそのようなお客であったため、手書きと言う事はせず、発車の段階から翌日の日付が入った検札印を既に車掌は用意しており、指定席券と一緒に提示すれば、翌日分に検札印が入った😇実はこのような経験は「ムーンライトえちご」が初めてで、「ムーンライトながら」については翌日(深夜1時頃)に駅の改札口(静岡駅等)で駅員に押してもらっていた😅

しかも「青春18きっぷ」の検札印で乗務員が所属する組織名の検札印をもらったのも「ムーンライトえちご」が初めてで、「JR東日本ありがとうございます 〇月〇日 新潟運輸区」とあった😆これ以後もこの手の検札印はほとんどもらった事がなく、2018年4月1日に廃止となった三江線で廃止直前に乗り歩いた際に数日連続で車掌から押してもらった程度である。この時は「米子車掌区」とあり、スタンプの色字が赤ではなく緑色であった😆

「ムーンライトながら」の車掌は東京~熱海間はJR東日本(国府津運輸区や熱海運輸区、東京車掌区が担当だったと思われる)、熱海以西はJR東海(熱海~浜松~豊橋間は静岡運輸区や浜松運輸区、浜松~豊橋~大垣間は名古屋運輸区や大垣運輸区、列車により受け持ち区間が異なる)が担当だったため、比較的細かく車掌も交代していた。しかも2人、3人は平気で乗っていた😆

一方で「ムーンライトえちご」も全く同じかと思っていたが実態は逆だった😱新潟行きの場合、全区間1人しか乗らない”通し乗務”で新潟運輸区の所属😰「ムーンライトえちご」に乗務するために上越新幹線で上京し、新宿から乗務(仕事)開始と言うハードな内容😨確かにイントネーションを聴いていれば多少の”新潟なまり”があった😲

「ムーンライトえちご」も全車指定席であったが、張り切って窓側座席を買った🤩「ムーンライトながら」とは異なり、あっさりと指定席券を買う事が出来たが、当日は満席だった😵しかし、これが失敗の原因だった😱通路側にもお客がいるのだが、トイレに自由に行く事が出来ない😫「すいません」と言って断れば良いのだが、それが何回も繰り返されると良くない😒結局通路側にお客が居ないタイミングを見計らって1回だけしかトイレには行けず、トイレを我慢している時間が長かった🤮

これ以後、夜行高速バスでもそうだが2列掛けの座席に座る際には必ず通路側座席にした😅夜行高速バスでよくある3列座席の場合は、なるべくトイレに近い場所にした😅この経験が今もしっかりと活かされており、「ムーンライトえちご」の1回だけの乗車とは言え、かなり中身が濃いものとなった🤩

「ムーンライトえちご」では主に高崎~新潟にかけて車内照明が薄暗くなる😖これは「ムーンライトながら」にはない事だ😱「ムーンライトながら」では一晩中照明を点けたままにしている。理由は防犯上によるもので、スリや痴漢等の事件防止のため。実態はそうであっても事件が後を絶たない列車でもあった😖もし「ムーンライトながら」で車内照明が暗くなれば、事件がもっと多かったと思う😱

「ムーンライトえちご」で乗ったのは貴重だった485系T18編成🤩ヘッドライトが2点式で、新潟地区に残っていた485系の中では唯一の存在🤩晩年はその事を活かし多種多様なイベント列車としても活躍した名車だ😆車内は至って普通の485系であったが、T18編成に乗れたこと自体がテンションアゲアゲ🤩だった。新潟地区の485系は2015年の北陸新幹線開業までにほとんど消えてしまい、485系の思い出や乗車記と乗り鉄自体がつい昨日の事のように思う🥺

【ムーンライトながら」は伝説の列車となった😭🥺】

↑「ムーンライトながら」の思い出😇は他にもいくつかあるが、「青春18きっぷ」シーズンはとにかく混雑する列車😱と言うイメージが強烈に強かった。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)なんてない時代でもあったので、「ソーシャルディスタンス」もなかった時代がある意味羨ましい😅

「ムーンライトながら」は静岡県に住む者にとっては大変便利な列車で、「青春18きっぷ」+指定席券510円(当時)と言うリーズナブルな価格に加えて、発車時刻が深夜になるものの翌朝には東京や名古屋・大垣に到着していて、早朝からの行動に有効活用させていただいた😆元をたどれば国鉄時代から続いていた「大垣夜行」の進化系で、「ムーンライトながら」に発展して混雑も激しいので、「ムーンライトながら廃止」と言う事はありえない😆と思っていた。まして今回の記事で「ムーンライトながら廃止決定!ムーンライトながらの思い出😇を語る」なんていう内容を書く事になるとは、夢にも思わなかった😱それだけショックな出来事である😱

「ムーンライトながら」の運命を決めたのは2009年3月14日のダイヤ改正だったと思う😞この当時から「青春18きっぷ」オフシーズンは利用が少ないという事はわかり切っていた。しかし「青春18きっぷ」シーズンは非常に利用が多いので、その時だけ運転の臨時列車として残された😆JR2社は当初「年間120日程度運転」とあったが、季節列車に格下げとなった同時に「ムーンライトながら」からの客離れが始まったんだと思う😞

確かに季節列車になっても指定席券は取り難い事が多くて、特殊な豪華列車を別にすれば一般的な指定席列車では「日本一乗るのが難しかった😫」事には変わりがなかったと思う。

実は2020年春、九州に行くために「ムーンライトながら」に乗りたいと思っていた😆しかし、予約状況を確認するとやはり満席😱しかも運転日数がかなり減らされており、別の日に日付設定をしたら「ムーンライトながら」そのものが運転されていなかった😱結局185系「ムーンライトながら」の乗車は諦めるしかなかった😞まさか2020年春の運転が「ムーンライトながら」最後とは思いもしなかった😱😭

夜行高速バスとか「サンライズエクスプレス」のように、寝るためのガッツリした設備があるわけでもない「ムーンライトながら」。昼間の特急と全く変わらず、毛布すらセットされていない有様でだったが、夜行で移動出来るチャンスがあったのは本当にありがたかった😆

しかし、気づいてみれば臨時列車になった・ならなかった関係なく、そもそも夜行移動すること自体が少なくなった😞それは歳を取って体力的にしんどい事、短時間で一気に乗車記と乗り鉄をするスタイルではなくなったこと、他の乗り物(夜行高速バスやヒコーキ等)も活用するようになった事、朝から日没までの移動に改めた事など諸々の事情がある。実際にそのような「生活様式」とか「移動様式」になった人は多いはずで、「ブルートレイン」とか「夜行列車」を知らない世代にとってみれば、最初から「ムーンライトながら」と言う列車に乗る選択肢すらなくなったとも聞いた事がある😫

今や「ムーンライトながら」は夜行移動するためのツールと言うよりも、鉄道ファンにとっての「単なるネタ列車」に過ぎず、夜行移動が必要ならば高速バスに頼るというのが実態になった事を裏付けた😞これは一般人でも言える事で、「ムーンライトながら」に頼らなくても良くなったと言えるように感じる。ここ数年は年間50日以下の運転日数で「まだムーンライトながらがあったんだ?!😲」と感じてしまう所もあるし、世間様もそうだったのだと思う😞

「役目を終えた」と言う答えは正しい。JR2社のこの判断は妥当で、「よくムーンライトながら廃止決定を決断してくれた」と評価したくなる。本音は採算面で廃止したかったようだが、お客からの存続の要望が多かったため、日数を絞りながらも運転継続していたのが実態のように見える。JRとしても負担が大きく、肩身が狭い立場に立たされていたのがここ数年の「ムーンライトながら」と思うと、心苦しい😞

「ムーンライトながら」があった当時、私にとっては東海道線における普段乗っている211系や313系の「深夜特別運行」だと思っていた😆身構えることなく、指定席さえ取れれば気軽に乗れる列車だと思っていた。乗車回数も何気に多かったので、特にメモなどで細かく「完全描写」と言う記録を取る事も極めて少なかった😞「ムーンライトながら」の存在が当たり前過ぎたのだ😆211系や313系にはない「特別な経験」も確かにいろいろ出来た😆

「中身が濃い思い出」を運んでくれた🥺

「ムーンライトながら」は伝説の列車となった😭🥺

広告
広告
広告

KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。