【2017年7月乗車記/浜原駅での連結作業を見る】三江線廃止までの”参考”になる記録㉘

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2017年7月乗車記。三江線粕淵駅から浜原駅まで歩く。浜原駅は三江線の運転上重要な駅の1つ。425Dとして運転したキハ120系がホームに止まっていたが、来ないはずの時間帯に三次方面から列車が入線?しかもキハ120-310石見神楽トレイン!すると作業員が何人も現れて連結作業を開始した!まさか三江線中間駅で連結作業が見られた!この様子を見る

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前回までの続きは下記をクリック

JR西日本が三江線を廃止した理由

【まずは尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録①

【2016年3月の乗車記と車窓422D三次→浜原/単行でもお客はたったの5人】三江線廃止までの”参考”になる記録②

【2016年3月の乗車記と車窓422D浜原→江津/わずかな人しか乗らない】三江線廃止までの”参考”になる記録③

【2017年3月再び尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録④

【2017年3月乗車記/432D尾関山→式敷/大混雑429D式敷→三次】三江線廃止までの”参考”になる記録⑤

【2017年3月乗車記/廃止決定後の422D三次→口羽は早朝でも空いていない!】三江線廃止までの”参考”になる記録⑥

【乗車記/初めて行った天空の駅宇都井駅】三江線廃止までの”参考”になる記録⑦

【2017年3月乗車記/普通列車も通過する長谷駅と三江線未来のために】三江線廃止までの”参考”になる記録⑧

【2017年3月乗車記/最混雑列車424D船佐→石見川本】三江線廃止までの”参考”になる記録⑨

【2017年3月乗車記/初めての石見川本駅のゴールデンタイム】三江線廃止までの”参考”になる記録⑩

【2017年3月乗車記/426D石見川本→川戸/川戸駅交換設備が消えた跡】三江線廃止までの”参考”になる記録⑪

【2017年3月乗車記/三次行きの最混雑列車?429D川戸→石見簗瀬】三江線廃止までの”参考”になる記録⑫

【2017年3月乗車記/430D石見簗瀬→江津の石見神楽トレイン】三江線廃止までの”参考”になる記録⑬

【2017年7月乗車記/夏に乗車してわかった事/レール温度上昇で運休?】三江線廃止までの”参考”になる記録⑭

【2017年7月乗車記/高速バス「石見銀山号」で広島から因原・石見川本へ簡単アクセス!】三江線廃止までの”参考”になる記録⑮

【2017年7月乗車記/因原駅に三江線と名乗る運送会社が同居】三江線廃止までの”参考”になる記録⑯

【2017年7月乗車記/因原→鹿賀を歩く。絶景!絵に描いた駅】三江線廃止までの”参考”になる記録⑰

【2017年7月乗車記/426D鹿賀→川平、哀愁ある駅川平、水分確保に苦労】三江線廃止までの”参考”になる記録⑱

【2017年7月乗車記/前面展望動画撮影人気列車?429D川平→浜原】三江線廃止までの”参考”になる記録⑲

【2017年7月乗車記/レール温度上昇で429D浜原→三次で遅れ発生】三江線廃止までの”参考”になる記録⑳

【2017年7月乗車記/三次周辺も明るい422D/宇都井でサービス停車】三江線廃止までの”参考”になる記録㉑

【2017年7月乗車記/江の川が手前にある潮駅/423Dで三次方面へ】三江線廃止までの”参考”になる記録㉒

【2017年7月乗車記/天空の駅宇都井に近鉄からのお知らせ?】三江線廃止までの”参考”になる記録23

【2017年7月乗車記/宇都井から徒歩で口羽へ…は無理で伊賀和志へ】三江線廃止までの”参考”になる記録㉔

【2017年7月乗車記/リアル鉄子登場!最混雑列車424D伊賀和志→石見川本】三江線廃止までの”参考”になる記録㉕

【2017年7月乗車記/規模縮小?石見川本駅のゴールデンタイム】三江線廃止までの”参考”になる記録㉖

【2017年7月乗車記/425D石見川本→粕淵/立派な街の粕淵】三江線廃止までの”参考”になる記録㉗

【乗車日】2017年7月16日(日)

【場所】三江線の粕淵駅から浜原駅へ徒歩移動

【備考】時刻、描写等は全て当時のもの

★三江線内では珍しいキハ120の連結作業を見る

粕淵駅からは徒歩で浜原駅へ向かう。この時点で体力が相当消耗している状況で、歩くだけでもしんどい。
「路線バスがないか?」と思ってバス停を探してみても、バス停自体が見つからないどころか、粕淵駅前のバス停も”やる気のない本数”であった。
とても”あて”にはならないので、徒歩で進むしかない。途中休憩しながらゆっくりと進む。
粕淵~浜原は三江線の営業キロ上では約2キロなので、徒歩で進んでも30分程度。道路であっても同じような距離でGoogleMapsでナビ検索しても30分と出て来た。だが、実際にはゆっくり歩いたので60分程度かかった。

↑三江線の線路に、こんなに大きな「水門」。これは江の川が大雨等で氾濫しそうな時に水門を閉める事で浸水被害防止するためのものだ。
三江線では他にも4か所に設置されており、前日(2017年7月15日)に歩いた因原~鹿賀(因原駅近く)にもあった。
この水門を閉める際には三江線も運行停止の手配を執るはずだ。三江線廃止後もこの水門自体は残るだろう。

↑立派な駅舎をしている浜原駅。営業上は無人駅である。

↑浜原駅前は住宅地で落ち着いた静かな雰囲気だ。運行上は拠点となるもののコンビニ等の商業施設が少なく集落の外れにスーパーが1つあるだけ。

↑三江線の全通記念の石碑。
三江線は今の形になるまで、三江北線(江津~浜原)と三江南線(三次~口羽)と分離していたが、両者をつなぐために高規格新線で浜原~口羽を建設して、1975年に全て完成した。
新幹線を除けば戦前にはほぼ今と同じ鉄道網が構築されていたので、1975年の全通と言うのはかなり遅い時期だ。
広島~三次~江津と言った「陰陽連絡」を果たすはずであったが、すでに世間はクルマ社会となっており、結果としてそれを果たす事は最後までできなかった。
三江線が今の形になってからは、ほぼ地域輸送に特化しており、国鉄末期には今の10倍程度(それでも500人/日程度の輸送密度しかないが)あったが、沿線の過疎化等があって利用者が激減し、廃止と言う選択を選ぶしかなくなった。

社会構造、人口構造が変わってきていること、JRはあくまでも民間企業と言う利潤追求の組織がやっている以上、経営が成り立たないローカル線は、「儲からない」事を理由に路線廃止したいのが本音。
若しくは輸送手段は残すが、鉄道にこだわるのではなく、LRTのような次世代路面電車、BRTのような高規格路線バスに移行出来たしても、「廃止にならないよりはマシ」と言うしかない。
JR各社の経営資料を読んでいても、「輸送モードの転換を推進」とあるので、これで生き残る選択肢も今後増えるだろう。
一方でそういう選択肢も与えられない、「廃止」一辺倒の考え方しかない三江線のような路線は、一般的な路線バスも便数が少ないので公共交通自体が要らない、クルマが全ての交通手段と容認しているものだ。
結局は、地元の人が年に数回は乗らないと鉄道として残す事が出来ないのだ。
和歌山電鐵のように「年に4回乗車を。チャレンジ(年間乗車人員)250万人」と言うような具体的な目標とか数字を示さないと、「危機感」は伝わらないし、地元の人は行動しない。
浜原でも何台のクルマとすれ違ったが、三江線に乗るために駅に居たのは、同業者(鉄道ファン)が私以外に2人いただけだった。これが現実だ。

↑浜原駅の中はベンチと書棚。漫画本を中心に列車が来るまでの間呼んで待って下さいと言うささやかながら”おもてなし”だ。

↑昔からの駅名表も残る。詳しくは不明だが似たようなタイプは伯備線の方谷でも見た事があり、時期的には昭和初期から使用と聞いているので、浜原のこれも開業時(1930年)からか?
三江線の駅でこのタイプの駅名表が残っているのは私がわかる範囲では浜原以外に存在しない。

↑425Dとして浜原止まりのキハ120-321が停車中。エンジンは切れていたが、少しして運転士が現れて、信号等を制御する事務室から作業員も2人出て来た。エンジンが稼働するとディーゼル音が響く。
折り返しは17:08発の430D江津行きとなるが、駅舎前のホームからの発車となるため転線する必要がある。
三江線では珍しいシーンであるからか?同業者が2人ホームで撮影等している。すると三次方の踏切が作動。

↑三次方面から回送でキハ120-310の石見神楽トレインが到着。
運転士以外に車掌も乗務していたが列車監視をしているわけではなかった。正午前に浜原で交換した団体臨時列車の折り返しで、浜原から先はキハ120-321と連結して2両で営業するためだった。
430Dも”中途半端な列車”で利用するお客は限定的だ。3月に乗った時もガラガラで2両で数える程度しかいなかったと記憶している。
JR四国みたいに2両連結していても、後ろの車両は回送で乗車出来ないと言う事はない。

↑連結するために貫通用ドアが開いた。専用のヘッドマークも装着されていたが、これは団体臨時列車のみでないと装着しないか?

↑キハ120-321(左側)が発車。

↑着いたのは三次側の本線。ここで停車して、作業員の誘導で一旦三次方の本線に進むキハ120-321。ここで方向転換する。

↑転線してキハ120-310の手前までゆっくりとやってきた。

↑連結するための準備を開始。キハ120に自動連結器と言う便利な装置は搭載されておらず、作業員2人がかりで行う。2つの車両には乗務員もいるので合計では5人も必要だ。

↑キハ120-321が少しずつ近づき

↑連結完了。しっかり連結しているかの確認やジャンパー線?(キハ120にあるのか?)らしきものも接続しているように見えた。

↑2両になった430Dは17:08の発車まで待つだけの状態となったが、お客が乗る事はなかった。
作業員は帰り支度をしてクルマに必要な道具を積み込んでいた。作業員がクルマの理由は浜原以外にも業務があるためで、列車だけでは本数からしてとても成り立たない。
三江線は夏場にレール温度上昇で運休する事が多く、施設等の点検をする時は駅間で行う事もある。そうなればクルマを急行させて異常の有無を確認しないとならない。

29回目に続く、下記リンクをクリック

【2017年7月乗車記/交換設備未使用の石見都賀/三次行き最終433D】三江線廃止までの”参考”になる記録㉙

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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