【2017年7月乗車記/因原駅に三江線と名乗る運送会社が同居】三江線廃止までの”参考”になる記録⑯

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2017年7月乗車記。まずは三江線の因原駅を訪問。かつては列車交換が可能であったが今は棒線化。道の駅やコンビニ等があって三江線沿線では数少ない”繁華街”。因原駅には三江線運輸と言う運送会社が同居!いろいろ面白い因原駅とは?

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前回までの続きは下記をクリック

JR西日本が三江線を廃止した理由

【まずは尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録①

【2016年3月の乗車記と車窓422D三次→浜原/単行でもお客はたったの5人】三江線廃止までの”参考”になる記録②

【2016年3月の乗車記と車窓422D浜原→江津/わずかな人しか乗らない】三江線廃止までの”参考”になる記録③

【2017年3月再び尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録④

【2017年3月乗車記/432D尾関山→式敷/大混雑429D式敷→三次】三江線廃止までの”参考”になる記録⑤

【2017年3月乗車記/廃止決定後の422D三次→口羽は早朝でも空いていない!】三江線廃止までの”参考”になる記録⑥

【乗車記/初めて行った天空の駅宇都井駅】三江線廃止までの”参考”になる記録⑦

【2017年3月乗車記/普通列車も通過する長谷駅と三江線未来のために】三江線廃止までの”参考”になる記録⑧

【2017年3月乗車記/最混雑列車424D船佐→石見川本】三江線廃止までの”参考”になる記録⑨

【2017年3月乗車記/初めての石見川本駅のゴールデンタイム】三江線廃止までの”参考”になる記録⑩

【2017年3月乗車記/426D石見川本→川戸/川戸駅交換設備が消えた跡】三江線廃止までの”参考”になる記録⑪

【2017年3月乗車記/三次行きの最混雑列車?429D川戸→石見簗瀬】三江線廃止までの”参考”になる記録⑫

【2017年3月乗車記/430D石見簗瀬→江津の石見神楽トレイン】三江線廃止までの”参考”になる記録⑬

【2017年7月乗車記/夏に乗車してわかった事/レール温度上昇で運休?】三江線廃止までの”参考”になる記録⑭

【2017年7月乗車記/高速バス「石見銀山号」で広島から因原・石見川本へ簡単アクセス!】三江線廃止までの”参考”になる記録⑮

【訪問日】2017年7月15日(土)

【場所】因原駅周辺

【備考】時刻、描写等は全て当時のもの。

★「道の駅インフォメーションセンターかわもと」の真裏にあるのが三江線因原駅

広島から乗った高速バス「石見銀山号」で下車したのは、因原インフォーメーションセンター。私を含めて4~5人程度の下車があって、入れ替わりで2~3人が乗車して大田方面に向けて発車した。
バス停の規模としては大きく、何路線も乗り入れるターミナル的な存在だが、本数は多くない。運行会社としては石見交通、おおなんバス、川本町のスクールバス(小中高生が使う事を想定し通学時間帯に本数が多い)1本乗り過ごせば何時間も待つのがザラにあって、土日祝日は運休する便も目立つ。

↑バス停は「インフォメーションセンターかわもと」と言う道の駅の中。

「道の駅インフォーメーションセンターかわもと」のホームページ(川本町観光協会)

↑川本町特産のエゴマを使った食品をはじめ、地元産の野菜や江の川の鮎を買う事が可能。レストランも完備。私が着いたのは昼時だったので、出店も営業していて、多くの人で賑わっていた。食事をしたいのも本音であったが、それに時間を取られているよりも三江線の駅めぐりが最優先でそれどころではなかった。
国道261号線沿いで川本町に入ってしばらく山沿いの道が続いた後、開けてきた所にあるのが道の駅だ。道の駅の目の前にはローソン+ポプラ(コンビニ)やドラッグストアーもある。
実はこの近くに三江線の駅がある。因原(いんばら)だ。道の駅とローソンの真裏にあって、駅までは歩いて5分ほどだ。

↑線路に向かって歩くとすぐに踏切。横切るクルマは比較的多くて、写真撮影をしている1~2分の間に3台ほどすれ違った。

↑線路とホームが1個しかない因原駅が見えてきた。ここにも「因原」と書いたバス停があったが、道の駅よりも便数は少ない。

↑因原駅前の道路。規模は大きくないが昔からの住宅街。左側は山が迫る地形だ。国道からひとつわき道にそれると随分と雰囲気が違う。人が集まるのは国道沿いで、駅周辺は人が集まらず寂れている。これは因原に限った事ではなく、三江線の多くの駅で言える事。これを私は「立派な価値」とか「風情」と見るが、世間的にはそう見る人は少数派で、「活気がない街」と言う評価になってしまうのだろうか。寂しいと言うか残念な次第だ。

↑古い木造駅舎が健在した因原駅。1934年に開業して以来使用され続けている。三江線では昭和初期に作られた駅舎が今でも現役使用されており、三江線の駅めぐりとか三江線途中下車をするならば、このような駅舎が残る駅にはぜひ訪れてほしい。この事を取り上げているブログ等のネット記事は少ないので、是非”参考”にされたい。

★「三江線」と名乗る運送会社が因原駅に同居?!

因原駅の駅舎はかなり大きいように見えるが、実際に三江線のお客が使う事が出来るのは上の写真の右半分。
残りの左半分は運送会社(詳細後術)のオフィスとして利用されており、用事がなければ入る事も出来ない。この日は土曜日であったが営業日で関係者が何人か勤務中であった。

↑駅舎の中は立派な待合室。中央はよくある形のベンチだが、壁周りには木造のベンチ。このようなベンチはなんとも旅情を感じるもので、歴史も積み重ねているので、なおさらだ。よく考えてみれば他鉄道路線で開業以来そのまま使いづけられているベンチは、そう多くはない。パッと思い浮かぶものと言えば大井川鐵道本線の川根温泉笹間渡、駿河徳山等くらいだ。こういう駅舎は大好きだ。

↑ホーム側から駅舎を見る。お客が使えるのは左半分で、右半分は運送会社が業務用として使うので、むやみに入る事は出来ない。

↑ホームは棒線化されていた。元々は列車交換が可能であったが、1999年に石見川本~江津の途中駅交換設備は全て撤去。同区間に入線可能な列車は1本のみとなってしまい、石見川本で長時間停車が発生するのもこれが理由だ。
交換設備を撤去する理由は、列車本数が少なくなった事で、本数が少ないと言う事は減便した分お客も減少した事につながる。
1キロ平均の利用者数はJR全国ワーストの58人(2016年)で、これだけの「数字」しか出せないならば、交換設備が撤去されてもおかしくない。

次の三江線列車は13:37発の425D浜原行き、13:51発の426Dの江津行きでそれまで約1時間ない。
一通り因原駅を観察したら出発する事にした。私が気になったのが今や使われていないホームに、バイクで来たと思われる同業者(鉄道ファン)が入ってきたこと。道の駅側から直接入る事が出来るらしいが、どうやって入ってきたのか?気になってしょうがなかった。

因原駅前の道を歩いていると、その名も「三江線運輸有限会社」と言う表札を発見。なんとも面白い(?)ネーミング。三江線は国鉄時代に貨物輸送を実施していたが、今は旅客専業の鉄道。
三江線運輸(有)は、日本通運(日通)の石見川本営業所として当初は鉄道貨物輸送が行われていた三江線で通運事業を実施していたが、三江線で鉄道貨物が廃止されて、貨物自動車による運送免許を取得。今はトラック輸送で邑智郡を中心に集配業務を行い、日通とも業務提携の関係のため荷物を全国に配達。コメ、野菜から木材までどんな荷物でも配達していると言う。
因原駅の左半分の運送会社のオフィスも三江線運輸(有)で、駅舎の隣にある倉庫も同社が使っている。三江線廃止後は駅舎の全てが同社の事務所に転用された。これも乗車記を書いていてわかった事だ。
三江線が廃線になったら社名はどうなってしまうのか?と思ってしまったが、廃線になっても「三江線」と言う名を残して営業してほしいものだ。

17回目に続く。(下記リンクをクリック、12月25日公開)

【2017年7月乗車記/因原→鹿賀を歩く。絶景!絵に描いた駅】三江線廃止までの”参考”になる記録⑰

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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