【2017年3月乗車記/普通列車も通過する長谷駅と三江線未来のために】三江線廃止までの”参考”になる記録⑧

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2017年3月乗車記。三江線の秘境駅で有名なのが長谷駅。普通列車でさえも半分は通過してしまう。朝9時過ぎなのに三次行きはこれが本日の最終列車。下車すると撮影している人が多くいた。徒歩で隣の船佐へ。この道中三江線のあり方を考えさせられるものが・・・

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前回までの続きは下記をクリック

JR西日本が三江線を廃止した理由

【まずは尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録①

【2016年3月の乗車記と車窓422D三次→浜原/単行でもお客はたったの5人】三江線廃止までの”参考”になる記録②

【2016年3月の乗車記と車窓422D浜原→江津/わずかな人しか乗らない】三江線廃止までの”参考”になる記録③

【2017年3月再び尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録④

【2017年3月乗車記/432D尾関山→式敷/大混雑429D式敷→三次】三江線廃止までの”参考”になる記録⑤

【2017年3月乗車記/廃止決定後の422D三次→口羽は早朝でも空いていない!】三江線廃止までの”参考”になる記録⑥

【乗車記/初めて行った天空の駅宇都井駅】三江線廃止までの”参考”になる記録⑦

★普通列車さえも通過する長谷駅の実力!下車した人は「猛者」なのか?

【乗車日】2017年3月20日(月)

【列車番号】423D(三次行き)

【時刻】宇都井8:14→長谷9:06

【車両】キハ120-317+キハ120-357(米ハタ)

【備考】時刻、描写等は全て当時のもの

三次初発の422Dで宇都井に降りた約2人を除いた同業者(鉄道ファン、乗り鉄、撮り鉄)が乗った423D三次行き。同業者のほとんどは三次方面に戻る事になる。
423Dは2両であった。2016年7月に三江線ではダイヤ改定が行われ、内容としては主に両数の変更。単行が基本であったが、廃止の報道を受けて全国から同業者が殺到。単行だけでは運びきれないため、数少ないキハ120をやり繰りしている。

423Dの座席はほぼ全て埋まっていた。立っている人も何人かいる。
私は先頭のキハ120-317のロングシート部分に立つ。
三江線の様子を忘れぬように”完全描写”するためにメモ帳片手に、細かく記録したが、立ながらメモすると言うのはかなり大変だった。

口羽では主に地元の人が5~6人乗車。クルマのトランスミッション、「ゲート式」と同じような形をした線形が続き、口羽~江平(ごうびら)ではこのような曲線だ。この江平でも2人乗車。
次の作木口でも2人乗車。時刻的には8時過ぎているので、10時頃から三次で用事があるならばジャストタイムとも言える列車だ。三江線の中では乗車率の良い列車の1つだと思った。
香淀(こうよど)に向かっては、

「2,395M/30km/h」

と言う標識。すなわち、「この先2,395メートルは30km/hで走行せよ」と言う意味だ。
広島県内の三江線でもそれなりにある徐行制限であるが、個人的には島根県内の同線北部でかなり目立つような印象だ。

沿線では、同業者はもちろん、地元の人が走行中の三江線に向かって写真撮影する人が多い。
三江線が廃止されれば、撮影チャンスは消える。最後の最後まで「三江線」と言う鉄道がこの世のあったと言う”証”を残すと言う事は、今やるべき事であって、それが我々鉄道が好きな者にとっての責務とも思った。
式敷、信木でも1人、所木では2人乗車し段々と423Dは混雑してきた。
乗車口は先頭の1ヶ所のみで、車内奥まで進まないお客がこの周辺に滞留し始めていた。

↑車内から注目を浴びた。この駅の利用者はある意味では「猛者」なんだと思う。まさに秘境駅で下車と言うのはこういうものなのだ。
9:06に着いたのは、長谷(ながたに)だ。

長谷は普通列車でさえ通過してしまう駅。5往復/日の列車が通るが、停車するのは2,5往復/日である。
朝9時過ぎなのに、423Dが三次行きの最終列車だ。残り停車する列車は全て口羽・浜原行きとなり、423Dの折り返しとなる424D石見川本行きは通過となる。
私を含めて4人下車。直接来た同業者を含めて423Dが付いたタイミングで6~7人がホームに立った。

↑ホームの長さはざっと3~4両分あって、もちろん棒線駅だ。
元々は5~6両分あるように見えたが・・・

↑ホームの江津方は途中で柵により切られ、「立入禁止」であった。
一体いつ切られたのであろうか?
なんとなく、つい最近まで使用されていたようにも見えた。

ホームの作りは立派。北海道によくある”板切れ”ではなく、お客が歩くコンクリート部分はもちろん、基礎となる土台もしっかりしている。
”板切れ”では、歩いて「壊れそう・・・」と思ってしまうが、長谷ではそんな事は皆無。安心してホームを歩けれる。

↑ホームから見えたのは、雄大なる江の川。山と山に囲まれ、地形が険しく、水量も多い。三江線は写真の右側の山沿いを地形に忠実に沿う。

↑ホームは山の中腹にあって、道路や江の川よりも高い場所。これらの中間に木造の駅舎。

↑階段が段々上に続く中間に駅舎があって、ちょっとした木で出来たベンチ。同業者が1人いたため中に入る事はなかったが、小さいながらも立派な駅舎だ。

↑長谷駅の前を通るのは広島県道112号線で、この先大型車通行不可の標識も。交通量は極めて少ない。
長谷駅周辺は、「本当に何もない」。
住宅が数えるくらいある以外は、江の川と山に囲まれた”自然地帯”で、この駅の利用者は本当に数限られたもの。
だから普通列車でさえ通過してしまう。

★泣きたくなった地元作成の横断幕。三江線の魅力を早く発見できなかったのは、痛恨の極み

長谷駅で留まっていても三江線に乗る事は出来ないので、次の船佐(ふなさ)駅まで徒歩移動。スマホアプリのGoogleMapsによれば徒歩30分程度であった。道も単純で広島県道112号を道なりに進めばいい。

↑県道は江の川に沿った線形。車幅も狭い。三江線から江の川を見た場合、トップクラスの車窓と言えるのが長谷→船佐で、”峡谷”の雰囲気さえもある。

↑県道も三江線と並走。三江線の施設はご覧のとおり老朽化。線路全体を支える柱が完全に錆びており、もう何年もしっかりとした手入れをしていないと考えると、これが三江線に与えられた現実だ。
路線を廃止するわけだから、今まで長きにわたって必要な設備投資は抑制していたことがわかる。
しばらく歩くと道はT字に分岐。そこには・・・

↑「三江線 乗ってください 未来のために」

と言う地元作成の横断幕。これは423Dの車内からも確認出来た。
これは、感動して、泣けてきた。
シンプルなメッセージではあるが、とにかく三江線に乗らないと鉄道として存続する事はない。鉄道がなくなることは簡単。
でも、なくなった鉄道は簡単に戻す事が出来ない。いや、永遠にこの地域に鉄道を通す事は出来ないだろう。
少ないながらもこの地域にも人が住んでいて、生活があるわけだから、当然三江線がなくなれば不便、困る。細いながらも三江線は重要な”生命線”である事に変わりないのだ。
未来のために考えれば、明らかに不自由するし、遠くからは確実に人が来なくなる。

廃止がわかってから盛り上がると言うのは、あまりにも遅かった。
私もそうだが、もっと以前から三江線の魅力を知るべきだった。痛恨の極みだ。
乗ってみてわかったのが、大井川鐵道と全く同じ雰囲気である事。1回どころか何回行っても面白い。決してランドマークと言える目立つものはないが、それがないからこそがローカル線の魅力だ。

9回目に続く(下記リンクをクリック、11月29日公開)

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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