【2016年3月の乗車記と車窓422D浜原→江津/わずかな人しか乗らない】三江線廃止までの”参考”になる記録③

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2016年3月乗車。三江線三次からの初発422Dの乗車記と車窓。浜原を発車。朝7~9時台であるが、通勤通学利用はほとんどなくて、非定期客による小刻みな動きが連続する。浜原以北で列車交換が出来るのは石見川本だけと寂しい。江津本町で下車。2006年以降平均利用者0人の駅だがここは意外と江津市中心部に近いのだが

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前回までの続きは下記をクリック

JR西日本が三江線を廃止した理由

【まずは尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録①

【2016年3月の乗車記と車窓422D三次→浜原/単行でもお客はたったの5人】三江線廃止までの”参考”になる記録②

★三江線の中間駅で運行上重要な駅でもある浜原までは三次から2時間

【乗車日】2016年3月14日(月)

【列車番号】422D(山陰本線直通浜田行き)

【時刻】浜原7:47→江津本町9:29(江津9:32)

【車両】キハ120-315(米ハタ・浜田鉄道部)

【備考】日時、描写等は全て当時のもの

↑浜原では423D三次行き(7:47発・キハ120-309)と交換する。
この先江津までで交換する列車はない。約50キロ反対列車を見かけないと言うのも三江線の本数の少なさを示す。

↑立派な作りをした浜原。最後尾まで移動して浜原駅構内の車窓写真を撮影する。三江北線時代はここが終着であったため、その雰囲気が伝わってくる。
次の粕淵(かすぶち)では3人下車して2人乗車する。動きが大きい。島根県美里町(みさとちょう)の役場や小中学校、銀行等が近くに集まる町の中心だ。山陰本線の大田市行きの路線バスもある。
下車したお客は全員定期外。整理券と一緒に運賃を運賃箱に投入した。三江線で定期券を持っているお客はかなり少ないだろう。
浜原以南の旧三江南線と同じく、再び江の川に忠実に沿う線形に戻る。
南側以上に線形が悪く、見通しが悪い。30km/h制限が1500m前後ある区間が複数あるため、駅間距離の割には時間がかかる。
これが江津までずっと続く事も特徴だ。

↑粕淵~明塚

↑明塚~石見梁瀬(いわみやなぜ)

↑乙原(おんばら)駅
この地域特有の屋根瓦をした住宅。三江線沿線ではよく見かける。
駅前はちょっとしたロータリーもある。雨上がりの天気に山に雲がかかる車窓が良く見える。

↑竹~木路原(きろはら)
竹駅は駅舎がなく、直接ホームに入る形。そういう駅がいくつかある。
引き続き30km/h制限が続き、地盤が悪いためか雨が降ると15km/hに制限される。
並走する道路は、道幅が狭いためスムーズに離合集散出来るように専用の信号機もあった。

★三江線で唯一の有人駅石見川本

↑石見川本駅。
8:24に着くが、交換列車がなくすぐに発車。乗下車はゼロ。この駅から江津まで交換可能駅はない。
駅舎の様子を見ると、駅員がいて運行管理するためのパソコンもあった。三江線では数少ない有人駅で、JR西日本の子会社「ジェイアール西日本米子メンテック」が運営する業務委託駅。
8:25に422Dが発車すると次に発車する列車は13:43発の426Dまでないため、この間駅業務は休みとなる。

↑因原(いんばら)駅。
1人乗車してきた。写真を見るとわかるとおり、以前は交換可能な構造であった。反対側のホームは駅名表が残るものの、線路が剥がされているため列車が入線する事はない。
”棒線化”された駅はこの先の川戸、川平も同様で、三江線の維持費を抑えるため設備は必要最小限に。そうなれば運行出来る列車本数にも限りが出てくる。
因原は街としては比較的大きく、コンビニ、ドラックストアー、カーディーラーと生活に必要なものが一通りそろっているように見える。
三江線の線路がある地域には何もなくて、江の川の対岸となる地域に集落や幹線道路がある。人が集まりにくい所に線路があるため、集客が難しく思うようにお客が乗らない。そういう現状が見えてきた。
「もし、江の川の対岸に線路があれば・・・」と思うと、もっとお客が多かったかもしれない。

★石見川本駅を発車すると江津駅まで列車交換出来ない

↑鹿賀~石見川越

↑石見川越駅。
この駅からは2人乗車する。大きな木が象徴的に見えた。元々は列車交換が可能であったが、この当時はそれが出来なくなっていた。石見川越以外にも因原、川戸、川平でも列車交換可能であったが、1999年までに撤去されている。そのため江津~石見川本の間に入線出来る列車本数が限られてしまう。

↑田津~川戸。江の川が広くキレイに豪快な車窓になってきた。三江線では江の川と並走するが、ここまでハッキリと江の川が見える車窓は意外と短い。
田津は駅舎がなく直接ホームに入る構造で2人乗車。駅前の道が狭くやはり地形は良くない。
次の川戸では2人下車して、5人も乗車してきた。これだけまとまった乗車は三次を発車してから初めてだ。
人の流れとしては江津に向かうのは言うまでもなく、15kmほどの距離を30分かけて進む。
次の川平までは7kmを14分かける。明かり区間はほぼ30km/h制限で、トンネルに入ると50km/hまで上がる。
崖崩れのリスクが高いようで、最近設置されたと思われる防護柵もあった。対岸道路はトラックが何台も行き交うが、三江線の線路がある部分は治山をしないといけないほどのレベルだ。

↑川平からは4人乗る。駅舎が昔のまま残っており、線路は直線的でも青々とした草が生えており、基本的な手入れも満足に出来ないのが厳しい現状だ。

↑千金では1人ずつ乗下車。

↑次は江津本町。運賃表は大部分が埋まってきた。座席もそれなりに埋まってきたが、まだまだ余裕がある。客層としては仕事目的よりは買い物や通院、その日だけの所用が主体と見た。

★江津市中心部が近いのに、平均乗車人数0人の江津本町

↑9:29に着いた江津本町で下車。私以外にもう2人下車し、送迎のクルマに乗った。
ホームから見えるのは江の川、海側には国道9号線の橋や工場の煙突。地図を見ればわかるが、江津市中心部から遠くない。
江津本町~江津の距離は1,1km。計算上歩けば20分もあれば着けるはずだ。
江津本町駅の前は・・・

「何もない」

江の川と崖。それだけで人工的な建物が何もない。こんなに江津市中心部に近いのに、ここだけ何か取り残された感じだ。
平均乗車人数は、不名誉な事に2006年度から一貫して0人。
三江線では1~2人はあっても、0人はほとんどない。
しばらく江の川と江津市中心部方向を見る。何も音が聞こえてこない。静かだ。

駅前を通る県道を歩いて江津駅へ向かう。
三江線はすぐにトンネルとなるが距離としては短く、出るとすぐに山陰本線と合流する。
県道は山を沿うように進むと、集落に入る。距離にして駅から200m程度だ。家は多く小さな町となる。
江津本町駅を示す看板等一切なく、駅がある事自体忘れらた存在に感じた。

↑江津本町駅から少し進んだ所にある集落。
人通りも少なくないが、三江線を使ってもらえそうなロケーションであるにも関わらず、乗車人数0人なのが不思議だ。

4回目に続く(下記リンクをクリック、11月11日公開)

【2017年3月再び尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録④

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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