【まずは尾関山駅へ】三江線廃止までの”参考”になる記録①

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2016年3月訪問。まず最初に向かったのは尾関山駅。三次駅からは徒歩30分で行けるが、特に駅を示す看板がない。三次市中心部には近いが駅がある存在を感じさせない。一体どんな感じの駅なのか?

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前回までの続きは下記をクリック

JR西日本が三江線を廃止した理由

【訪問日】2016年3月13日(月)

【備考】時刻、描写等は全て当時のもの

★忘れられた存在?存在感が薄い尾関山駅

芸備線で備後落合から三次に到着。三江線乗車はダイヤの都合上、翌日(2016年3月14日)とした。
備後落合からの芸備線で三次に着いた日、時間があったため1駅進んだ尾関山駅へ徒歩で向かった。

↑三次駅からは約2キロほどで徒歩30分ほどかかった。目印としては国道375号線から1本脇道にそれた場所だが、国道の道路看板には駅を示す案内が出ていない。
スマホの地図を見ながら現在位置を把握しながら進まないと、尾関山駅には着けない。初めて来る人にとってはわかりにくい。
あと15分もすると432D浜原行き(16:59発)が来るが、駅に近寄る人は誰もいない。
駅近くには住宅が何軒かあり、小学校もあるのでそれなりに人は居るはずだ。だが、人の気配がしない。三次の中心部に比較的近いにもかかわらず。

↑駅舎の中には誰もいない。10人前後が着席可能な立派なベンチ、本数が少ない事を示す時刻表。防犯カメラも作動中。このご時世どんなにお客の少ない無人駅でも監視の目が入る。
「残そう運動」の紙が何枚も貼ってあったのが印象的。とにかく駅を利用する人にその事を知ってもらい、定期的な乗車につなげたい。


「何が何でも残さないといけないんだ」

と言う、地元のみなさんの強い意志や努力が伝わる。これは感動ものだ。

↑駅舎からホームには、やや長い通路。
この雰囲気が良い。

↑駅名表やホーム。列車交換は出来ない。三江線では「F」と言う路線記号が設定されたが、山陰本線とは異なり駅名表等の看板を新しくしたり、それ自体を表記する事がない。本当に「F」と言う記号があるのかも疑問だった。

↑三次からの432Dが着く。浜田鉄道部(米ハタ)のキハ120-315であった。
尾関山での乗降はなかったが、車内には約10人以上乗っており「回送状態」ではなく、やや安心する。
432Dに乗ると、浜原で434D江津行き(19:00発)と接続出来るため、この日のうちに日本海側に出る事は可能だ。
三江線全体では、どんな様子なのか?
翌日乗車して確かめてみる事にした。

2回目に続く(下記リンクをクリック、11月7日公開)

【2016年3月の乗車記と車窓422D三次→浜原/単行でもお客はたったの5人】三江線廃止までの”参考”になる記録②

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KH8000

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