【3月31日最後に新夕張から乗った列車9273D新夕張→夕張/ありがとう夕張支線弁当】石勝線夕張支線最終日物語⑱

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【千歳線733系普通列車+特急スーパーとかちで札幌→新夕張へ送り込み】石勝線夕張支線最終日物語①

【3月30日の新夕張駅の様子を見る】石勝線夕張支線最終日物語②

【3月30日9267D新夕張→夕張/車窓写真撮りまくり!】石勝線夕張支線最終日物語③

【3月30日9268D夕張→新夕張/持参した”あるもの”が?】石勝線夕張支線最終日物語④

【3月30日9271D新夕張→南清水沢/正午前の新夕張駅に”特急無課金組”が大集合?!/南清水沢駅から見えてきた人間模様と幕を閉じる時】石勝線夕張支線最終日物語⑤

【夕張市拠点複合施設→夕鉄バス本社ターミナル前→夕張市図書室】石勝線夕張支線最終日物語⑥

【「閉店準備」が出来た鹿ノ谷駅】石勝線夕張支線最終日物語⑦

【3月30日/9274D鹿ノ谷→沼ノ沢】石勝線夕張支線最終日物語⑧

【3月30日9275D沼ノ沢→清水沢/幸せな駅夕張】石勝線夕張支線最終日物語⑨

【3月31日朝の夕張駅】石勝線夕張支線最終日物語⑩

【3月31日9266D夕張→新夕張】石勝線夕張支線最終日物語⑪

【3月31日朝の新夕張駅】石勝線夕張支線最終日物語⑫

【3月31日9267D新夕張→夕張/急きょルールを変更】石勝線夕張支線最終日物語⑬

【3月31日11時頃の夕張駅→鹿ノ谷駅へ】石勝線夕張支線最終日物語⑭

【3月31日の正午過ぎに夕張市役所付近を歩く】石勝線最終日物語⑮

【3月31日午後夕張駅でJR北海道主催お別れ式典】石勝線夕張支線最終日物語⑯

【3月31日最後の新夕張行きに乗車。9272D夕張→新夕張】石勝線夕張支線最終日物語⑰



【乗車日】2019年3月31日(日)

【列車番号】9273D(夕張行き)

【時刻】新夕張(Y20)15:30→夕張(Y25)15:59

【車両】(前から)キハ40-354(日高本線用)+キハ40-1780(北海道の恵み道央編)+キハ40-1763(JR北海道標準色)

★新夕張からの最終乗車列車は9273D。泣かずに明るい雰囲気で乗車を締めくくる事が出来た理由は?

9273Dに乗るために、9272Dから下車して簡単に撮影後乗車位置に並ぶ。

↑同業者(鉄道ファン)がとにかく多い。9272D~9273Dの折り返し時間は比較的短いため、撮影者も同じ場所に集中しがちだ。しかも夕張支線最終日の午後と言う事もあり、余計混雑に拍車をかける。何枚も同じ写真を撮ることはせずに、1枚撮っただけですぐに離れる。

9273Dも乗車車両はキハ40-1763とした。撮影後すぐに乗車位置に並ぶ。すると隣にいた同業者がHBC(北海道放送)のインタビューを受けていた。さらには北海道警察の警察官も数人が警備にあたる。いよいよ夕張支線も最終段階まで来てしまった。

15:13にドアが開く。この列車も座る事が出来たが、通路側であった。ホームには既に工事関係者が多数いた。最終列車通過後に看板の撤去等の工事を行う事になっているのも、最終日ならではである。現実に夕張支線が終わる・・・と言う事を実感せざるを得なくなかった。

15:27に釧路行き特急「スーパーおおぞら7号」が到着。やはり自由席から数十人単位で下車してきて、9273Dに乗り換える。新夕張で下車しないお客も「スーパーおおぞら」の窓から、夕張支線の列車を見るのは恐らく最後だろうから、スマホで撮影する人が多い。車内では「特急からお乗り換えになるお客様で混雑するため、座席には荷物を置かないように・・・」と車掌から放送が入る。

新夕張を定時の15:30に発車。私の中では遂に夕張支線最後の乗車列車となった。9272Dに引き続き、最後は何も考えずにボーっと二度と見られなくなる夕張支線の車窓を見る。

沼ノ沢(Y21)には15:34~15:36。意外と静かであった。

南清水沢(Y22)には15:41~15:43。地元の人が多く出迎えてくれた。今にもホームから”はみ出そうなくらい”の人の多さ。

清水沢(Y23)には15:45~15:46。同業者が多い車内。特に騒がしい事もなく、淡々と乗っている。それが良い事なのか悪い事なのか?別としても、「最後は静かに乗りたい」そう思った。

私は引き続き「幸せの黄色いハンカチ」を持っていたが、通路側であるにも関わらず、沿線からそれが振られれば出来る限り振り返した。それが最終日に乗車できたと言う感謝の気持ちを示し、今日で使命を終えてしまう夕張支線の敬意を示すためでもあった。

↑鹿ノ谷駅(Y24)到着直前の車窓。雲がやや多い天気であったが、雲が薄い所から陽が差してきた。この黄色い灯りが何とも暖かく、車内に対して「幸せ」をお福分けしているように感じた。なんとも良い気分だ。最後は湿っぽく泣きながら下車する者だと思っていたが、このおかげで晴れ晴れとした明るい感じで最終乗車を締めくくる事が出来た。

★「ありがとう夕張支線弁当」に入っていたポストカードを見ると・・・

夕張に到着。既に16:16発の9274Dに乗車するお客で長ーい列が出来ていた。恐らく9272D以上に混雑したのかもしれない。グッズ販売のテントは長い行列にはなっていなかった。この日は特に何も食べていなかったので、弁当(後術)を求めた。「レースイリゾート」の中にも入って、夕張土産を数点買い求めて、徒歩15分の「ホテルシューパロ」へ戻る。16:30頃であった。

↑買った弁当は「ありがとう夕張支線弁当」(1,000円)。地元レストランが「せっかく夕張に来てもらったのに、食べるものが何もないのは申し訳ない。せめてお弁当だけでも・・・」と思って、当初は1日20食限定で昼ごろに販売していたが、日に日に知名度が高まり完売する事が多くなった。3月31日は普段よりも多く弁当を用意したようで、私が16時過ぎに行った時には2食程度残っていた。「完売で買えないだろうな・・・」と思っていたが、偶然あったので迷わず買った。

中味は素朴な幕の内弁当であるが、箱の中には夕張支線の列車を写したポストカード。キハ40-1701の顔に「ありがとう夕張支線」「長い間ありがとうございました」。裏面にはキハ40とサクラをバックに「たくさんの思い出をありがとう」と。やはり泣いてしまった。「もう終わるんだな・・・夕張支線は・・・・」。そう思いながら、しみじみとお弁当を食べる。やはりおいしく感じる。

テレビを付ける。STV(札幌テレビ放送)だ。STVの日曜夕方の大人気番組と言えば「1×8(いっぱち)行こうよ」。基本的には北海道ローカルなので、北海道でないと見る事が出来ない(ネット等でも見る事が出来るらしいが)

STVの木村洋二エグゼクティブアナウンサーと俳優の大泉洋さんが出演。面白すぎる企画が多く、この時は「1×8慰安旅行」と称してハワイ行った模様を。ハワイの模様は何回かに分けて放送したようで、続きが見たい次第。あとは木村洋二さんは翌週(4月6日)から毎週土曜日8:00~13:55にSTVラジオで「ごきげんようじ」がスタート。これがどうなるのか?気になって仕方なかったが、実際に聴いてみると「日高晤郎ショー」の後継番組のため、一部は晤郎ショーのコーナーをアレンジした形で引き継ぎながらも、大物ゲストが毎週出演する番組で、晤郎ショーとは正反対の「ノンビリし過ぎた」内容が持ち味。そのままテレビを観ていると、STVは日本テレビ系列なので「笑点」も一部だが観た。

↑ホテルから夕張市内の様子を見る。特にこれと言った変化はない。再び15分かけて夕張駅に戻る事になる。

↑夕張駅出発する直前、あえてテーブルにメモ帳、黄色いボールペン、お弁当の中に入っていたポストカードを置いたままにする。最終日と前日の出来事は全てメモ帳に記録した。最終列車を見送る際には必要最小限の荷物だけを持って出発する事にした。ホテルに戻ってきたときには、夕張支線の歴史は終わってしまっている・・・。そう思うと悲しい。正直見たくなかった。最後の瞬間は。心苦しかった。でも、行かないと今後長く後悔するに違いない。複雑な心境の中、重い腰を上げてホテルの部屋を出た。

続く。

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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