【2015年9月に乗車した石勝線夕張支線】北海道の維持困難線区を見る㊿

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今回から数回にわたり、2015年と2016年に石勝線夕張支線に乗車した時の記事を書く。

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【乗車日】2015年9月28日(月)

【備考】時刻、描写等は全て当時のもの。

★”夕張市内線”の石勝線夕張支線は利用が多いのであるが・・・

新夕張(K20)から枝分かれする石勝線の夕張支線。
新夕張は夕張市の外れにあり、山沿いを貫いて市中心部延びる。16km先まであるため支線にしては長い路線長だ。

↑広い2面4線ホーム。実際には2面5線となるが、夕張方にある切り欠け式ホーム(0番のりば)は使用停止中だ。
有効長が長い理由は、両数の長い貨物列車が交換・退避出来るようにするため。時間帯によっては旅客列車よりも貨物列車の方が多い。
特急は行先に関係なく原則として1番のりばを使う。普通が2・3・4番のりばを使う。

↑「スーパーとかち8号」から降りたのは私を含めて3~4人。
駅員による到着放送や乗り換え放送もあり。有人駅だ。
1日の利用者数は107人。改札・きっぷの販売は15:30まで。駅員は常時いるが仕事の内容としては接客よりも運転扱いが重視されているようで、留萌線の留萌に似ている。

↑ホームから階段を降りて、通路を歩く。

↑改札口。発車案内装置や有人のきっぷ売り場、近距離きっぷ用の自動券売機、待合室もあり。
新夕張駅から市内各地に行く夕張鉄道の路線バス(夕鉄バス)の時刻表も待合室にはあったが、本数は少ない。

↑駅舎と駅周辺。
一見何もないように見えるが、道の駅「夕張メロード」が目の前にあり、国道もすぐそば。国道沿いにはコンビニ(セブンーイレブン)や飲食店等も数軒だがある。

↑元々は、「紅葉山」と称していたようで、当時の駅名表やホーム?を思わせるものも残っていた。

↑15:53発の2639D夕張行きに乗る。
この列車は千歳発。多くは新夕張~夕張の運転だが、日に何本かは千歳・追分等の始発着が設定されている。
車両はキハ40-1785だ。
新夕張~夕張も石勝線。「夕張支線」と称する。全線が夕張市内で、紅葉山地区から中心部の夕張地区まで谷間を沿うように進む。夕張市の人口のほとんどがこの地域に集中する。
夕張支線の輸送密度は、最近の「数字」では117人/日であった。
JR北海道全線ではワースト3位。ここも廃止したいのが本音である。

「ご利用の少ない列車の見直し」(JR北海道ホームページ)

↑ついに公表された2016年春に減便したいリスト。
JR北海道はキハ40の老朽化により10両を廃車にさせたい事やお客が少ないため本数を抜本的に見直す。
これには、夕張に来た前日に乗った学園都市線の浦臼~新十津川が、現行の3往復/日→1往復/日に減便する等かなり厳しい内容になっている。
夕張支線についても例外ではなく、9往復/日あるところを5往復/日に減便したい方針だ。
2639Dは座席が一通り埋まるほどの乗車。人数にすれば20人あるかないか。
20人と言う「数字」が列車存続させるための最低ラインのようで、2639Dは減便対象には含まれていない。

↑入口で整理券を取り、すぐ目の前の座席に着席。右側の大きな壁はトイレ。

↑沼ノ沢~南清水沢

↑清水沢駅

沼ノ沢、南清水沢、清水沢の各駅は人の動きがあった。一方的に下車するだけではなく、乗るお客も少なくない。駅前には住宅やスーパー等もあり、人の気配を感じる。
利用がそこそこあるので、117人/日と言う「数字」がウソのようだ。
もちろん地元のお客で、鉄道ファンらしき人は私を除けば誰もいない。
清水沢~鹿ノ谷は峠越え。駅間が6km11分。災害の跡と思われる所もありここは慎重に徐行する。




★ヒト・クルマが少ない。古くなった建物がそのまま残る。夕張の街はとんでもなく衰退

↑夕張地区に入った鹿ノ谷(Y24)で2639D下車。
数人のお客の下車が見られた。次の終着夕張までは約1kmしかないため、乗るお客は居ない。

↑老朽化した設備。錆びた鉄や柱があちらこちらにある。
列車が来る時間は限られている。それを地元の人はよく知っている。
最短ルートなのであろうか?線路を堂々と歩く人も少なくない。
これがJR北海道の現状。新しくしたくても新しくする事が出来ない。古くそのまま残るので、列車に乗る以外は駅に近寄ろうとする人もいない。駅前には何もない。

↑広い待合室。窓口と思われるスペースもあったが今は閉鎖されている。列車が発車すれば人は完全に消える。
夕張は今やメロンの産地で有名だが、昭和の時代は炭鉱で栄えた。
全盛期には、炭鉱会社の幹部が住む高級住宅街があったと言う。
夕張は一応「市」であるが、人口は1万人を切っており、日本で二番目に人口が少ない「市」。人口減少率に関してはワースト1位で、みなさんご存じのとおり2007年には市の財政が破たんしている。民間企業で言えば倒産した事になる。

↑鹿ノ谷の駅を出て近くを通る道路は北海道道38号線。
交通量は非常に少ない。17時前なのに時々数台のクルマが通る程度。人通りもない。歩いているのは私くらいだ。 夕張駅(Y25)近くの住宅と小さなスーパー。食料品を販売しているのはここと夕張駅から少し離れたコンビニのセイコーマートだけ。かなり不便だ。

↑夕鉄バスのバス停。新夕張駅で時刻確認したのと同じく本数は少ない。

↑鹿ノ谷駅方向を見る。(鹿ノ谷~夕張)
線路を維持するだけでも莫大のカネと手間がかかる。

↑夕張駅は行き止まり式の構造。新夕張とは対照的に有効長も短い。非常に心細い感じになってしまった。

↑駅舎。特徴的な形。観光案内所や飲食店もあり、写真には写っていないが、右側には夕張名物の「カレーそば」の店も。
駅舎の背後にある大きな建物。船の形をイメージし、建物に沿い昭和の映画?(タイトルや出演者)が絵で描かれている。
これは「マウントレースイ」と称するホテル。温泉施設も兼ねる。ここはスキー場も運営しているようだ。
少なからずのお客がクルマや徒歩で入館する様子が見えた。
さらに夕張駅から歩を進めると、衰退が非常い激しい。
活気は何もない。人通りが少ないの相変わらず。
建物は昭和のまま。平成の雰囲気は皆無。開発を放棄したとしか見えない。
市役所は17時の定時を過ぎたのにまだ多くの職員が残業していた。
「街が死んでいる」
そうにしか見えなかった。これを復活させるのはかなりの知恵と努力がないと出来ない。夕張の街を見ていると寂しくなってしまい仕方ない。なんとかならないものだろうか。

【列車番号】2640D(追分行き)

【時刻】夕張18:15→新夕張18:45頃

【車両】キハ40-355(日高線用)

↑陽がすっかり落ちてしまい、夕張18:15発の2640D追分行きは「優駿浪漫」と書いた車両だった。
キハ40-355、日高線用の車両だ。
日高線は災害によりほとんどの区間が運転出来ていない。一応工事はしているが、災害が進行しているため思うように直す事が出来ていない。
日高線の車両が夕張支線に来るのは、元々あったのであろうか?
お客は私を含めてたったの2人しかいない。残りの1人は同業者。
夕張駅に夕張地区で仕事を終えた人が集まるような雰囲気がない。
清水沢で1人、南清水沢で高校生がまとまって乗る。そのうち沼ノ沢では何人かが降りて、新夕張で残りのほぼ全員が下車した。
2640Dは残念ながら、上記リンクにある減便対象列車となってしまった。
高校生にとっては非常に重要な足。
代わりになる交通手段が探せばあるのだろうが、いくらお客が少ないとはいえ、困るだろうと言う人を見てしまうと、何らかの救済処置が必要ではないかと強く思わざるを得ない。

51回目に続く。

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KH8000

普段当たり前のように乗っている鉄道、バス、クルマは、意外と深い所まで知らない人が多いのではなかろうか? 例えば「何で大雨が降ると電車が止まってしまうのか?JRは簡単に止まるのに、私鉄が止まらない!その差は何か?」と素朴に感じるみなさんが知りたい”今話題のネタ”を、テレビ・新聞・SNSよりも詳しく、わかりやすく、深くしゃべり倒す!

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